徳川家康愛用の置時計

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毎日新聞5月18日記事によると、久能山東照宮に大英博物館の時計部のキューレーター(責任者)が訪れ、当神社に伝わっていた徳川家康が愛用した箱型時計を鑑定したことが報じられている。

この時計、関ヶ原合戦の数年後の、1609年、千葉沖で遭難したスペインの乗組員に救助の手を差し伸べた家康の厚情に報いるべく、当時のスペイン王、フィリッペ3世(1579-1621年)が、1611年、徳川家康に贈ったと云われる時計で、家康が終生愛用したことで、家康の死後、墓処、久能山東照宮(静岡市駿河区)に残された遺品である。

これは1979年、国の重要文化財に指定されていtる。

この時計は、1581年にスペイン国王のお抱えのベルギー人の時計職人が製作したことが知られていると云われる。

トンプソン氏によると、ベルギーで同じ頃に造られた類似の時計は、約20基残存するが、殆どのものは、内部に改修がなされており、東照宮のものは、オリジナルの革製ケース付きで、2,3か所の部分を除き当時のままの状態で、保存状態も良好、従って、世界的にもきわめて珍しい遺品であり、出来れば大英博物館のコレクションに加えたい作品であると太鼓判を押したと報じられている。

トンプソン氏は、この調査結果をイギリスの学会で発表したいとの希望を表明している。

東照宮の落合宮司は「世界的に珍しい時計と評価され、大変うれしい。今後は国宝に指定されるように運動したい」と述べている。

1611年と言えば、は世界的画家、レンブラントが未だ5歳であった時の作品で、その意味から考えても、この時計の歴史的価値は高い。

(フィリッペ3Felipe III,、1579-1621年)は生まれつき病弱で、王位にあっての治世は僅かに23年、父君フィリッペ2世が残した強国スペイン帝国は衰退の途中にあった。)

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アメリカ青年拉致事件

David_sneddon デヴィッド・スネドン氏

小泉純一郎首相は2002年9月に北朝鮮を公式訪問、金正日代表と直接会談、それまでの北朝鮮による一連の日本人拉致を公式に認めさせた。

その2年後、数名の拉致被害者が釈放され(2004年5月22日)日本への帰還をはたした。

その直後、アメリカ人、チャールス・ジェンキンス氏も、妻の曽我ひとみさんと北京経由で帰国した。

何故、ジェンキンス氏と曽我ひとみさんが他の日本人たちとは別に北京経由で帰国したのかは詳細にはわかっていない。

ジェンキンス氏は1965年脱走して北朝鮮に入り北側の捕虜となったが、アメリカの報道では、その頃他に3名のアメリカ兵が北側に拘束されていたとされている。

今回問題となっている事件は、2004年8月14日、アメリカの青年、デヴィッド・スネドン(24歳)(David Sneddon)が、中国留学の終わりに雲南省を観光と、チベット民族の研究の為に訪れた名勝の地、虎跳渓付近で消息を絶ったことに関する疑惑である。

デヴィッド氏失踪を聞いたスネドン家の父親ロンと長男のマイケルは、事件が報道された一カ月後に現地、雲南省に飛び、捜索を始めている。

スネドン家はモルモン教の信徒で、デヴィッドは北京に語学留学する以前にはモルモン教の宣教師として韓国で2年間住み、流暢な韓国語も話せたと云われる。

デヴィッドはトレッキングを楽しみながら虎跳渓を通過したが、当時、捜索にあたった米国務省も中国当局も彼が「峪」に転落した事故とほぼ断定していたと云われる。

しかしスネドン一家は最初の現地での調査でデヴィッドが虎跳渓を通過後にシャングリラ県に入り、食事と散髪をしたのを目撃したと云う9名からの証言を得ていることが判明した。

又、デヴィッドが旅行に出発する前に、北京で米国からの留学生:ジャスティン・リッチモンドと数日過ごしたことも判明した。リッチモンド氏は北朝鮮に近い中国の延辺大学に留学して「脱北者」の研究をしていて、中国当局から出国要請を受けていたと云われている。(この二人は以前に韓国で布教に従事した仲間)

プロヴィデンス市(ユタ州)でデヴィッドの家族は、中国当局は、この事件には無関係であるとの証言を得ており、それならば、他に考えられるのは「北朝鮮」以外に無いと半ば結論付けている。

デヴィッドの母親のキャサリン氏は、夫の推論に同意しながら、デヴィッドが当地の朝鮮料理店からいなくなっている事実から考えて、デヴィッドは北朝鮮にとって完璧な候補者に映ったと思う、何故なら“デヴィッドは完全な朝鮮語、標準的中国語と英語に堪能”であったことをその根拠としている。

VOA(ボイス・オブ・アメリカ)との電話会談で、母親のキャサリン氏は“彼等(北朝鮮)がどのような目的でデヴィッドを必要としているかは知らないが、それ以上に我々家族はデヴィッドを必要と思っている、Let him go”と答えた。

アメリカ政府も中国当局もこの事件について確とした証拠はあがっていないと述べているが、北鮮拉致家族は既に今週、アメリカ国会議員にワシントンに招かれて「スネドン事件」について協議を行い、スネドン一家も先月、東京で、北朝鮮拉致関係者とも面会している。

北朝鮮拉致にアメリカの青年も永く関係していたことが明白な事実となれば、この問題のは意外に早く解決するのではと期待したい。

本日(5/19)付、産経記事は、スネドン一家は地元ユタ州選出のマイク・リード上院議員やジェイソン・シェイフィッツ下院議員にデヴィッド氏の行方捜査要請を直接始め、次期共和党大統領」候補(モルモン教徒)みっと・ロムニー氏にも直訴も考慮中とか伝えられ、これが一気にアメリカ外交問題になる可能性も考えられる。

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アメリカの覚醒

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今年11月に迫った中間選挙を目前に、オバマ大統領の「新兵器」とも云うべ新手の戦略は、新語「リショアリング」(reshoring)、「バックショアリング」(backshoring)と「ニアショアリング」(nearshoring)を提唱した、ハリー・モーザー(Harry Mozer)に共鳴を示し、前世紀末に一旦、低賃金を求めて、中国やアジアの各地に出て行ったアメリカの産業を本国に呼び戻そうと云う運動である。

shoreとは岸辺のことで、従って、リショアリング(reshoring)は一度、オフショアー(offshore)したものをバックさせる意味を持たせた新語である。

これはアメリカの“覚醒”とも云うべき革命的な新発想ではないかと筆者は考える。

米企業のリショアリングを促進する団体「リショアリング・イニシャティヴ」の創立者、ハリー・モザー氏は「米製造業は復活し、米経済の回復を導いている」と強調している。

この現象の背景には中国での人件費の上昇やカントリー・リスクへの懸念が背景にある。錆びついたベルト(rusting belt)と呼ばれ、一時は見捨てられた重工業を中心としたアメリカ産業の再興をオバマ大統領が再び呼び戻す号令を下したと思われる。

米ボストン・コンサルティンググループ(BCG)が製造業106社を対象に行った調査では、「中国から製造拠点の移管を計画、もしくは、それを検討中」と回答した企業37%、その内年間売上高が100億ドル以上の大企業に限れば48%と半数近くに達している。BCGはこれらの企業のリショアリングによって米国内の企業に80万人の雇用が発生するとの試算も出しており、これに関係するサービス業なども含めると、さらに300万人の雇用創生となると予想している。

最近中国で顕著となりつつある、政治・社会リスクも看過できない現象で、その中で、特に象徴的なのが、米電子機器大手アップル社をめぐるトラブル。(商標権)

アメリカと中国間の商習慣や商道徳の顕著な違いもさることながら、手厚い政府の保護下にある中国企業と、自国産業がフェアーなグラウンド上で勝負することが至難な段階になりつつあると考えだしたとも思われる。

筆者はこのあたりに、したたかなアメリカ外交が働いていると思う原因として、米中間で4月に開催された経済フォーラムで、米ケイトー研究所のダニエル・イケンソン研究員が「中国は市場の自由化を進めているがメディアがそれを経済摩擦としてあおっている」と強調したり、別の米シンクタンクの関係者は「安全保障では譲れなくとも通商問題では決定的な摩擦を避けたいのがオバマ政権、米産業界の本音」とも云ったりしている。

米産業の「リショアリング運動」の起こりの発端と目的は、最近顕著となっている米中間の貨幣価値問題の是正の為のアメリカ式“恫喝”が考えられる。

それに加えて、商道徳にもとずく米中間の商標権やパテントの法律や習慣の問題の是正要請。

昨年に日本で発生した地殻変動や政治的混迷等の研究結果としての危険の回避や、輸送コストの削減等も重要要素である。

しかし何と云っても、既に半年後に迫ったオバマ政権の再選に向けてのプロパガンダと考えられ、これに依って、アメリカの失業問題の改善と、貿易収支の改善を達成する目的で掲げられたオアバマ大統領の切り札と思って間違いない。

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軍人・ウイリアム・テクムセ・シャーマン

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ウィリアム・テクムセ・シャーマン(William Tecumseh Sherman,1820-1891)は南北戦争での北軍の将軍。生まれはオハイオ州ランカスター、9歳で父親が死亡したため、近所に住んでいた上院議員、ユーイング(Thomas Ewing)に引き取られ育てられた。

“テクムセ”の名は1840年頃、アンドリュー・ジャクソンを悩ませた、有名なインディアン・ファイターの名前を頂いた感じだが、シャーマン程ハード・ボイルドな「勝つための戦争」に徹した陸軍将官は他には見当たらない。

1840年、ウエストポイント陸軍士官学校卒、砲兵隊士官としてメキシコ戦争に参加。1953年に一旦除隊して金融の仕事を手掛けるが失敗、南北戦争の勃発で、1861年志願して北軍に参加する。

グラント将軍{Ulysses Grant,後の第18代大統領}の協力を得て、、ヴァージニア、ジョージャー州の戦線で勝利をたて、ジョージア州のハヴァナを占領して、それをリンカーン大統領へのクリスマス・プレゼントとしたと言われている。

「風と共に去りぬ」の映画のシーンを記憶しているが、火の海のようになった町の中を逃げまどう人々の場面は、シャーマン将軍の徹底した破壊戦略の典型で、戦略には感情を挟まない冷徹な手法を物語っている。

1864年8月、シャーマンは正規軍の少将に昇格。退役して将軍となり、数多くの本を出版、戦略家としても名を馳せた。後に陸軍士官のための「上級士官幕僚大学(Command and General Staff College)の創設に貢献した。

シャーマンは優れた軍人であったが、“勝つためには手段を選ばず”の理念を貫いた人物であった。敵を倒すためには、物理的戦略の他に、先ず、敵の戦意の喪失に集中し、それによって相手を完ぴなきまでに叩きのめす戦略を手段とした軍人であった。

1870年以後、法制化された「ホームステッド法」で移民が西部地方に急増したせいで、それまで先住民居住地区とされていたオクラホマ州の半分にあたる地区をも国民に開放する際、そこに住んでいたスー族を放逐するためにシャーマンがとった手段は、先住民の生活の源、即ち、「バッファローの殺戮」であった。

アメリカ式プラグマティズムとでも云うべきか、”extermination、全てを消滅して障害物排除こそが彼の“絶対の勝利”の道であった。

結局、シャーマンは先住民の食糧源を絶つために、ユニオン・パシフィックの特別列車をチャーター、外国からハンターを呼び寄せてまでしてバッファロー撲滅を行ったと伝えられている。

フレデリック・ジャクソン・ターナーの唱えた「フロンティアーの消滅」を速める手助けをしたのはウイリアム・シャーマンではなかったろうか?

“敵に塩を送る”中世の騎士道の精神はもはやアメリカでは100年以上前から無くなっていた。

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お詫びと訂正

筆者の前号ブログにて、「アメリカ人口の推移」の欄で、1867年の人口を306万と紹介したが、3060万であることに気付き、お詫びを述べ、改めて訂正いたします。

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アメリカ人口の推移と日本の人口問題

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筆者は最近自宅の物置から、1867年発行のアメリカの歴史教科書を発見した。(Pictorial History of the United States,Pub.by E.H.Butlar & Co.)

この教科書は恐らく、我が国ならば中学校程度を目指したものであるが、最後が1865年のリンカーン大統領の暗殺と、事件後、アンドリュー・ジョンソン副大統領が大統領(17代)を引き継いだところで終わっている。

勿論、そこにはアラスカ領は東ロシアとして扱われているし、ハワイに関する記述はない。

インデックスにあった、その頃のアメリカの人口を見ると、総人口は306万である。

各州での人口分布別を調べると、①ニューヨーク(388万)②ペンシルヴァニア(290万)③オハイオ(234万)④イリノイ(171万)⑤インディアナ(135万)⑥マサチューセッツ(123万)⑦ミズーリ(118万)⑨テネシー(111万)⑩ジョージャー(106万)となっている。

2010年発行のニューヨーク・タイムズのアルマニャックによると、2008年現在のアメリカの総人口は3億406万で、1867年(141年以前、慶応4年)と比較して略100倍の増加を見ていることが判る。

明治5年の日本の人口は3480万であったが、現在では大略1億2000万として、多く見積もって、それから3.5倍にしか増えていない。

国土の広さを考えると仕方が無いとも思うが、アメリカと日本の国力の差は人口の面からも歴然としていることが判る。

そこで現在、アメリカの何処に人口が集中しているかを調べると、①カリフォルニア(3675万)②テキサス(2432万)③ニューヨーク(1949万)④フロリダ(1832万)⑤イリノイ(1290万)⑥ペンシルヴァニア(1244万)⑦オハイオ(1148万)⑨ミシガン(1000万)⑩ノース・カロライナ(922万)と人口分布が19世紀当時より可なり変化していることが判る。

日本では間もなく、人口が1億人を切るのではと憂慮されている。中国も人口政策の失敗から今後、老人の比率が高くなり、一人っ子政策の影響が顕著となり国力が衰えるのではと憂慮されている。

我が国がこれまで移民政策に極端に消極的政策を引いてきたツケが、今後取り返しのつかない結果を生むのではと心配になる。

この移民問題をどのように修正して行くかは、今後の教育にかかっていることは云うを待たない。

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アメリカのエネルギー事情の展望ー2

アメリカの経済状態は間もなく「大変貌」をする前兆を見せている。

前号に引き続き「エネルギー革命」によるアメリカの貿易収支が恐らく急激に改善されると思われるからである。

筆者が見る限り、「選択」5月号によると、「シェールガス革命」によっアメリカの国際競争力が急速に改善される可能性が見られる。

水圧破水砕法や水平掘削法と云う掘削技術の開発で、地下3千メートル頁岩から天然ガスと石油の抽出が出来ることが確実になった。

現在のところ判っている埋蔵量だけで考えても米国が消費する年間天然ガス量の100年分か、それ以上の資源が確認されたことをオバマ大統領が一般教書で明らかにした。

~6年前まではアメリカは60%のエネルギー資源を輸入に依存していたが11年度ではそれが45%に改善された。

将来の予想では、エネルギー収支は悪くてトントン、うまく行けばプラス(輸出超過)に転じると予想する専門家もいるほどである。

アメリカ貿易収支の赤字は最近では450億ドル、それから原油の輸入額を引くと、それが182億ドルに減少することが判っている。

このトレンドが正しければ、アメリカの貨幣価値は上昇(ドル高)に振れると考えられる。

ボストンの電力会社NSTARは2月に1キロワット時、8.5セントから5.5セント(34%)に値下げした。これは、これまでの石炭発電から天然ガス発電に切り替えたためで、今度は、家庭用電力も同じように値下げすると言う。

或る州では電力の卸売価格を1キロワット時2セントにするところも出てきている。

因みに我が国の電力料金は16~17セントに相当するわけで比較にもならない価格。

これだけの料金差では将来、日本はアメリカ製品とどのようにすれば太刀打ちできるのだろうか?

アメリカの電力供給量は約4兆キロワット時だから、例えば、20%カットでは7200億ドルの節約が見込まれる。

アメリカのシェールガスが天然ガスに占める比率が10年度では27%、11年度、34%であった。

現在の予想では、15年度43%、35年度には60%と予想する。10年~35年の25年間にシェールガス関連投資額を1兆9000億ドルと見ているとのこと。その間の雇用人員増は160万人、その結果GDPへの寄与を2311億ドルと見込んでいる。

これを見ていると良いことずくめだが、「シェールガス革命」の経済波及を4半世紀後まで予測して研究しているところに、アメリカ政府のこれにかける期待が如何に大きいかが見て取れるような気がする。

これに太陽光、風力発電の研究が進むにつれ、石炭や原子力に頼らないで生産力を向上させるエネルギー開発の将来像が見えて来るような期待に胸が膨らむ感があり、将来に希望が見えることは嬉しい。

(詳しくは「選択」5月号参照)

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シェール・オイルが世界産業を変える?

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シェールガス(shale gas):泥岩に含まれる天然ガス。泥岩の中で、特に、固く、薄片状に剥がれやすい性質をもつシェール(頁岩)に含まれることから、シェールガスと呼ばれる。
(注)通常の油田・ガス田以外から生産される天然ガス。すでに一部では商業生産が行われているもの(タイトサンドガス、炭層メタン、バイオマスガス、シェールガス)および今後商業生産が期待されるもの(メタンハイドレート、地球深層ガスなど)を含む。

頁岩層の微細な孔に含まれる天然ガスは10年ほど前の技術では簡単に採取することが難しいために放置されてきた。

今世紀に入って、アメリカでこの採取技術が見出され、それ以後、一転してアメリカの天然ガス生産は増加し始めた。

日本もこれまで液化天然ガス(LNG)の輸入を中東やロシアに依存してきたが、シェールガスの供給がアメリカ、カナダから安く調達できることになると、高い石油に頼っていた日本のような、世界中の非生産国と産出国との関係が大きくかわってくることが考えられる。

筆者は専門外なので、シェールオイル(Shaleoil)とオイルサンド(oilsand)をどのように区別して定義ずけるかを知らないが、オイルサンドに関しては世界の分布図ではカナダとヴェネズエラがその大半を産出するとされている。

中国でもシェールオイルの産出は確認済みであるが、技術的な関係から国営頁岩石油公団がカナダとの輸入交渉に入っていることが判明している。

本来ならば、世界中の天然ガスの需給関係は崩れ、今頃では、スポット相場が暴落しそうなものだが、昨年の東日本震災以後、次々と日本での原発が停止状態となった関係から日本の天然ガス輸入量が前年比52%も増加している関係から急激な相場変動は今のところおこっていない。

頁岩オイル抽出技術が今後順調に進めば、過去1世紀続いた産油国と非産油国の力関係に変化が生じ、天然ガス価格は石油と比較して八分の一の価格で、今後は石炭とも競合できることが予想されそうである。

今後は天然ガスが石油に代わって自動車の燃料として使用され、特にアメリカでは既に天然ガス火力発電所計画が机上の話題にのぼっているとのこと。

天然ガスを圧縮した圧縮天然ガス(CNG)を燃料とする自動車も発明された。

1980年以来続いた、オペックとメジャー石油による化石燃料価格のスペキュレーション時代に幕が降り、新しいステージに移行しつつあることが肌で感じられる。

“Gas to Liquid”(GTL)、即ちこれまでは液体燃料の時代であったが、ガスを液体として自動車や飛行機に使用する時代が到来、将来性が宿望されている植物を媒体とする燃料や、エタノールの本格的研究と合わせて「燃料革命」が始まろうとしていることに注目して、今度こそ我が国が世界の潮流に乗り遅れないことで「世界の強国」の位置を確立することを切望するものである。

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或る政治資金集め「パーティー券」代金

Georgeclooney3 (ジョージ・クルーニー)

アメリカ、ハリウッドの映画俳優ジョージ・クルーニー氏(georgeClooney,1961年生まれ)は民主党の支持者の支持者として知られているが、このほど(5月10日夜)オバマ大統領を自宅に招待して、再選に向けての資金集めパーティーを開いた。

本日の毎日新聞(5/12)によると、米CNNテレビ報道として、この選挙応援パーティー一回で、大統領選史上最高の金額1500万ドル(約12億円)が集まった。

オバマ氏が著作権保護問題に消極的なため、映画業界では不人気であったといわれていたが、今回のクルーニー氏の仲介で映画界との関係修復が図れたと云われる。

このイヴェント、夕食会チケット1枚4万ドル(約320万円)と云う豪華なものだが、女優のバーバラ・ストライサンド(Barbara Streisand)さん他、150人が参加、オバマ陣営からも、3ドル以上の寄付者の中から抽選で二人を選び、パーティーに招待した。

それで、クルーニー氏のファンからも総額900万ドル(7億2000万円)の寄付が集まることとなり、大成功となったらしい。

大手の映画製作会社ドリーム・ワオークス・アニメーション等も共同主催者として協力。ウオール・ストリート・ジャーナル紙によると、08年の選挙でオバマ氏支持にまわって、今回は見合わせている複数の業界大物をも説得、同意を取り付けたと云う。

政治資金の操作で、4億円を隠したとか、しなかっかで騒動となっている小国の日本政界にも、こんな桁外れの話は参考にもならないが、何処の国でも“政治は高くつく”と云う話の一例として参考になると考える。

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非現実的「北方領土」問題

戦後65年以上も経過して、未だに日本政府は「北方4島」は古来の日本領土をロシアが不法に占拠して返さないことを理由に二国間に平和条約も結ばれないままになっている。

現在その地方にロシア人を中心に8000人以上が生活しているのが現実である。

勿論のことその人達は戦後はソ連による共産主義教育を受けて育った人達が住民達を中心に生活共同体を構成して、今ではロシアに忠誠を誓って生活していると考えるのが常識と思える。

森前首相を中心に民主党からも度々ロシアを訪れて4島の日本への返還をやかましく要請しているが、「4島返還」が例え現実のものとなっても、どのようにしてここに住む住民達を待遇するのだろう。

まさか、島の住民に退去を命じて、代わりに日本人の住む領土に変えようと考えているとすれば、これは笑止千万、夢のまた夢の外交戦略として世界中の笑い物になるのではないだろうか?

ロシア側の理論にたって「北方4島」を論じるならば、それは1945年2月に行われたヤルタ会談で、アメリカ大統領フランクリン、 ルーズヴェルトの要請に従って、いわば、国際協定に基ずいて行った「千島列島」の日本からの割譲と云う立場をとっている。

北方4島がすべて無人島ならば、日本は返還されても困ることは無いが、現実問題として、そこには日本語を解しない、イノセントなロシア人民が生活しているからには、これがむずかしい問題になる前に、ロシアと妥協の道を探るべきであると考える。

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