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タスマニア東南部Huonville、人口約1万人の中心部を貫くように滔々と静かに流れているかに見えるが、下流の外海が満ち潮になると恐ろしい勢いで逆流してその姿を一変させる野生的な河がHuon River (写真)である。

Huon_river_2

ある5月の午後、 静まり返った河面を写真に収めることができた。風が肌をなでるように吹くと木々の黒い陰が揺れる静かな景色に見とれてしまった。見渡すかぎり青い空と白い雲以外何も邪魔するもののない世界は狭い日本には稀な景色だと気に入っています。

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新憲法発布60周年

吉田茂内閣の時戦後の新憲法が発効して今年で60年。

アメリカの発案に基づいて作成された憲法が半世紀以上経過した。その間日本国憲法は世界情勢に影響されることなく幸か不幸か生き延びている。

この俗称「平和憲法」にはわが国は永久に戦争を放棄することを宣言する所謂第9条がある。

しかし非合法に外国により武力により侵略されそうになった場合の自衛手段についてなんらの条文を設けていない。

虎が肉食であり続ける間、人間社会においても自国が食べられないように防備することは「正義」である。

卑近な例は北朝鮮工作員による不法侵入と善良な日本国民の拉致行為である。このようなたこくの不法行為を見逃したことは防衛手段の欠如であったといわざるを得ない。自己防衛が他国の援助なしに達成できてこそ独立国家ではないだろうか?Photo_5 

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さくら

今日と植物園の温室を出たところの橋の左手に満開のさくらをみかけた。

今夜もし強風が吹けば、明日は葉桜になると思って写したのがこれである。

壮年期のさくらなので全体のボリュームに圧倒された。

”あの頃があの人の「華」やったなー”となつかしい故人の昔話をするとき、一同がそれに相槌をうちながら”あのひとにこんなこともあったのよ”と秘め事を披露する人もいる。

”若いあいだが花よ”年増女性がハシヤイでいる女学生たちに声をかけても彼女らは何のことかわからない。過ぎてこそ道が見える、だが来た道を戻れないのが命の定めと思い返すときしばしばである。一老人のつぶやき。

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ポツダム宣言と遅すぎた返事

1945年7月26日連合軍は日本に対して「ポツダム会談」の合意による日本国に対する無条件降伏勧告をおこなった。

日本の政治を取り仕切っていた当時の鈴木内閣は降伏条件を即座に受理しなければまさに国の運命が99%以上の確率で終末を迎えることを知りながらそれを理由なしに「無視」し返答を拒んだ。Photo_2 

はたして連合国軍はその11日後、広島に、14日後に長崎に原子爆弾を投下して多くの国民が死んだ。この爆弾投下の行動は末永く全世界の人々からの非難の的となっている。

これは全く非人道的行為であった。しかし、その悲劇より3~4ヶ月以前にも戦争行為を中止できるチャンスはあった。一日でも早く降伏の決断を当時の日本帝国の責任者が下していれば、沖縄において多くの国民の尊い命が救えたであろう。これは敵の責任ではなく、滅びることを予知できる立場にあった大日本帝国の権力者の決断力の欠如がもたらしめた重大なる責任といわざるを得ない。 黙祷

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つつじ

今、”つつじ”が美しく咲いてますよ、といえば、”まさか”とおっしゃるかもしれません。しかし咲いているところには咲いているのです。今日は赤いつつじをお目にかけましょう。小山のように何百とも見える見事な植物の塊です。その姿は平和そのものです。それぞれがおとなしく喧嘩もせずにスッキリと立っています。ここでは憲法「9条」は無用です。みな中立を守っているからです。アメリカは世界に先駆けて中立を宣言しました。所謂「モンロー主義」(19世紀)がその骨格をなすものです。しかし長くは続きませんでした。20世紀以後中立は空念仏でしかありません。「非武装中立」なんてことをおっしゃった政党もいましたが、いつの間にかおっしゃらなくなりました。草食性の「トラ」が存在したとしても人間の社会には「中立国」を保つことは理想でしかありません。自衛の目的で"Invinsible"クラスの空母を日本海に10隻程浮かべておけば「拉致」なんて問題はおこらなかったと思います。これはただのつぶやき!美しい花をみていると心の平和がたもてます。国会議事堂にも是非何時も使用しない所謂「玉座」に花壇をしつらえては如何?

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開国2

 嘉永6年6月(1853年)アメリカ軍艦4隻が江戸湾に突如出没したと言う報道が浦賀奉行から幕府にもたらされた。

 江戸中は大混乱となり、幕府はさしずめ各藩に対して大森海岸周辺の警備を命じたが、その出動の装備は火事場装束でも良いと言うがごときものであったそうである。大略勘案して当時の彼らのうろたえ振りが計り知れる。

 中国におけるアヘン戦争(1840~42年)の結末がいかなるものであって、中国の内乱に乗じて欧州列強の武力介入により国の存亡が非常な危機にあることがわが国にも漏れ伝わっており、幕府としてはこの場に及んではペリー提督の携えてきたアメリカ大統領親書の受理を行い、アメリカ艦隊の再来航のおり、正式に条約締結をすることを決定することとした。

Susquehanna

挿絵は、1860年9月8日発刊
New York Illustrated News 記載

蒸気フリゲート間:サスケハナ(Susquehana)彩色銅版刷(私蔵)

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開国

時は幕末、1853年7月8日(嘉永6年6月3日)ペリー提督率いる東インド艦隊が江戸湾入口の浦賀水道にその姿を見せた。

300年の鎖国の間の夢のような平和な日本人の生活が脅かされるときが到来したかに見えた。

4隻編成の艦隊のうち、2隻が従来型の帆船、他の2隻は新型の蒸気船「サスケハナ」と「ミシシッピー」(旗艦)であった。ペリーは入国にあたり帆船サラトガ、プリマスのすべての帆を絞らせ、サスケハナ、ミシシッピーに曳航を命じて、逆風を押して堂々たるその英姿を日本人の目に植えつけた。これがアメリカの砲艦外交(gunboat diplomacy)の始まりといわれている。

ここに掲げた画像は当時の新聞Greason's Pictorial Drawing Room)のページです。これまで「黒船」としてシンボル的に呼ばれていた現実の映像を紹介させていただきます。

Mississippi

次回はもう1隻の蒸気フリゲート艦“Susquehanna”(サスケハナ)の画像をご紹介いたします。

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チューリップ

桜が終わったらチューリップの時期、今植物園はあまたの種類のチューリップが咲いています。

最近は交配技術の進歩で見たことのない変わった種類がみられます。

シャクナゲも和、洋取り混ぜてたくさん展示されています。

天気の良い日は家族ずれで中央の芝生でそれぞれお弁当を広げて穏やかな日差しの場所で会話がはずんでいます。

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加茂川べりの(植物園西側)「半木のみち」には北大路橋から北山橋百本近いしだれ桜が植えられていて今のところ満開寸前の状態で見ごたえ満点です。

是非暇を見つけてお出ましになっては? ショウチャン 記

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温室内ベゴニアの大鉢

温室内にかなり大きな鉢のベゴニアを見つけました。小さな池に鉢がすえられ、高さ約3メートリ、紅白大輪のベゴニアの寄せ植えで見ごたえがあります。

園内には桜が満開を過ぎたのか花吹雪が始まっています。

チューリップ、マリーゴールド、パンジーも未だに美しくのこっています。

最近植物園の入場者が多くなり、あたかも町のなかを歩いているような気分。特に、チューリップはひとところに集められて咲いているので壮大そのもの。

家庭の庭では見られない光景はすばらしい。

地下鉄「北山駅」をエレベーターで外に出たところが植物園なので是非お出かけになることをお勧めいたします。

Begonia2

今日のイラストは「ベゴニアの大鉢」にいたします。とくと観賞してください。

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ジャイアント・ベゴニア

本日ご紹介します花はバラのように大きくて、美しいジャイアント・ベゴニアです。

京都植物園の温室に今を盛りと咲き誇っています。

Begonia_web

ここのコーナーでは群生しているベゴニアの前にベンチが設置されていてグループ写真を自由に撮らしてもらえます。

温室内は風がないのでバッチリとプロ級のスナップが出来上がります。一度試してはいかが?

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馬酔木(アセビ)

馬酔木(アセビ)の花が満開でした。

この木は高さが大きいもので約3~4メートル程で白いすずらんのような花を無数につけます。

Web

決して派手なものではありませんが群生して垂れ下がるように咲くので可愛らしく、私の好みのひとつです。目立たないので見過ごし勝ちですが昔から庭木として好まれています。

馬が酔うと書くので不思議に思われるかもしれませんが辞書によると確かに毒性で馬もこれを食すると麻酔状態になるそうです。したがって葉の部分を煎じて 殺虫剤として利用されるようです。

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