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日はまた昇る

やがてヘミングウエイの命日、7/2がめぐってくる。Ernest Miller Hemingway,(1899-1961),はアメリカ、イリノイ州、オークパーク(Oak Park)で生まれた。

高校卒業後、17歳でカンサッシティーの新聞社の記者として人生のスタートを切った。

第一次大戦中、イタリア軍のアンビュランス・ユニットの要員に応募、最前線にで負傷する。しばらく病院生活を送り、アメリカに帰国、今度はアメリカ、カナダの新聞記者としてギリシャ革命中の記事を故国に書き送ることなる。

1920年代は最も忙しい時代で、彼は海外リポーターとしてパリに赴く。その間に彼は矢継ぎばやに処女作「日はまた昇る」、と「武器よさらば」(1926-1929)を世に出し、作家としての足場を築いた。

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「武器よさらば」では、彼は負傷者の救助を心に決めた人間が戦線離脱をしてしまう時の人間の内心の葛藤をうまく表現している。

スペイン内乱においてゲリラ部隊に参加した経験をつづった「誰が爲に鐘は鳴る」-For Whom The Bell Tolls-(1940) は彼の代表作となったことは周知のとおりである。

「老人と海」(1952)は一人の老漁夫がカジキマグロと死闘を演じ、勝利(吊り上げた事)を果たしながら負けた(途中サメに食いちぎられて骨だけが残った)始終をあたかも人間の一生を暗示するかのようなシニカルな筋書きでつずった哲学的小説であったように思う。

これは極端にシンプルな表現の作品で、小生も大学1年のときに興味津々で呼んだ記憶があるほど外国人にもわかる容易な文章で貫かれた傑作である。

かれは本来スポーツマンであり戦士であり、誠実さと勇気を兼ね備えた偉人であった。ピューリツア賞、とノベル文学賞(1954)を受けている。

しかし、1961年7月2日彼はアイダホ州ケッチャムの自宅にて猟銃自殺を遂げる。未だに謎に包まれた最期である。

フロリダ、それは、彼が釣りに余生を送ったところで、ヘミングウエイは,神話的存在として人々の心に深く刻まれている。正に歴史上の人物のように!

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アメリカが始めて負けた!

アメリカが初めて負けた戦争の相手はインディアン・ネーションであった。

それは1876年6月25日、現在のモンタナ州南部の「リトル・ビッグホーン」(Little Big  Horn)で、

クレージー・ホース(Crazy Horse)酋長の率いるスー族インディアンにジョージA,カスター(George Armstrong Custer,1839~76)の指揮する第7騎兵隊、総勢264名が全滅させられるる事件が起こった。これは正にアメリカの正規の軍隊が全滅に近い状態で敗北したのであるから一大ニュースとして全米に知れ渡った。

これにさかのぼること2年、1874年にサウス・ダコタのブラックヒルスで金鉱が見つかり、その金を求めて白人が大挙してスー族の保護地区になだれ込んだ。

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これに激怒したスー族とシャイアン族の連合軍と白人との間で「第2スー戦争」と後に呼ばれる争いが始まった。

政府の差し向けたアルフレッド、H テリー将軍の使命であったスー族殲滅作戦のため、先遣隊として送られたカスターの第七騎兵隊がリトルビッグホーン川の畔でインディアンの大軍に遭遇した。

そこで、功をあせったカスターは上官の命を破って、インディアンの野営地に突入したが、反対に敵に包囲されかって有名を馳せた第7騎兵隊の五つの中隊全員が殲滅された。

カスターは1861年にウエストポント(陸軍士官学校)をビリで卒業したが、南北戦争では23歳の若さで義勇軍の少将に昇進したので、一般に「カスター将軍」の名がついた。

勇敢であったが無思慮で残酷であったため殺し屋(butcher)の別名を持ち、インディアン討伐の専門家として長宝がられた。

この「戦争」がアメリカの正規軍がインディアンに敗北を喫した最初の戦争であったとされる。

「カスター将軍と第七騎兵隊」のエピソードはその後小説、映画、テレヴィにたびたび紹介され、リトルビッグホーンはアメリカ史に残る著名な観光地となっている。

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屋外看板

最近京都市が繁華街での広告看板を掲げている店舗1600軒の内の85%が屋外広告物条例に違反していると言い出した。

これは最近の調査で違反を見つけたと言う意味か、判っていたがこれまで放置していたのかがハッキリしない。

市長はそこで、これまでの取締りが不充分であったことを認めた上で、違反広告に対し(今後は)刑事告発や、行政代執行で厳正に対処する姿勢を示したとの事。

屋上看板の前面禁止、や他の規律違反物の取り締まりを9月から実施するが、規制の対象となる沿道にある1622店舗のビルボードの内サイズ、色彩の違反や、無届のもの1337件に対して改善を求めていたが、今までに103店舗(0.077%)を指導改善させたとのこと。

これでは市の目的達成は前途多難を感じさせる。桝本市長は業者の順法意識の希薄を嘆いているが、私見では最初から行政側に確固たるヴィジョンがなかった爲、”テンテンバラバラ”の見苦しい景色が出来上がってしまったと考える。

世界中の古都と称する町にはそれぞれ固有の色調を守ることが義務化されているところが多いが、悲しいかな、わが国ではそんな意識を持って町全体を統一するべくスタートしたところはゼロである。今の段階では、少なくとも町の顔とも言うべきメイン・ストリート「河原町通」の雰囲気を改善することが先決問題ではないかと考えます。看板問題は既に遅きに失した感あり。Photo_23

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葬られた仏サン

今朝の京都新聞(P.15)に蟹満寺(木津川市)の国宝銅製釈迦如来坐像(奈良時代、8世紀)が紹介されていました。頭部だけが特大で写っていましたので、私は咄嗟に違ったものを想像してしまいました。

それと言うのは1937年奈良、興福寺東金堂の修理の際、偶然に須弥壇の下から発見されました、一見して奈良時代の作と判るかなり大きな薬師如来の頭部でした。

奈良時代の銅製の仏でこのように大きなものは、東大寺の大仏か、蟹満寺の釈迦如来か興福寺で発見された薬師如来(国宝)の頭ぐらいしかないからです。この薬師サンの頭には明らかに火災によって出来た傷跡がみられます。

興福寺の建立は710年、東大寺は752年ですが、不幸にも両寺とも平重衛の焼き討ちにあい1180年に消滅し、興福寺もその伽藍の殆どを失ってしまいました。

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周知の如く奈良にはこれら二寺よりもっと古い寺院がたくさんありました。勿論、法隆寺もその一つです。

浄土寺、別名は山田寺は現在は寺跡を残すのみとなっていますが、興福寺と約25キロ程しか離れていません。

山田寺の建立は641年といわれています。その当時山田寺講堂に金銅薬師如来三尊(685年開眼)があったそうですが、現在の学説では、1187年に興福寺が山田寺を襲い、これを持ち去ったと言われています。ところが1411年に落雷による火災でこれら三尊も大きく毀損し薬師如来の頭部だけが無残な姿で残ったといわれています。

中世では京都でも延暦寺や本願寺が他寺を巻き込んで紛争が度々起こっています。悲しいことです。

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ロシアの信用度

ロイヤル・ダッチ・シェルとと日本の商社がロシアの要請もあって将来の共同事業として進めていた「サハリン2」の営業権は今年4月ロシア直営のガスプロムに譲渡させられた。

今度は英国のブリティッシュ・ペトロリアム(BP)が所有するロシア東シベリアのコビクタ・ガス田の権益63%を同プロムに売却を要求されて7~9億ドル(約870億円)で売却することに同意したとのこと。

それに応じなければ「ガス田の開発権利を剥奪する」とBP側に圧力をかけているとの事。

このガス田は1987年に発見され確認埋蔵量は約1兆9000億立方メートル。BPの目的はパイプラインでガスを中国、韓国に供給することだった。

省みるに1980年代はロシアは自国経済問題調整に精一杯だった頃で天然ガスどころではなかった時代。

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少し余裕がでてきて裕福になれば国家権力のエゴが頭をもたげ、排他的政策に戻ってしまう。

ただ英もロも白人国家同士なので協調してある程度歩み寄り解決の道を探るだろうが、サハリン2の場合、日本商社は働き損のくたびれ儲けに終わる可能性「大」?世界は未だに「白」の支配下にある。

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思い出の映画

誰にでも若い頃見た映画で深い感銘を受けた作品を思い出だして懐かしむ。

私の場合は”アラビアのローレンス”である。

彼は実在の人物で、第一次戦争中英国の連絡将校として、ほぼ現在問題になっている地域で、ドイツに組したトルコとイスラム人を率いて戦った英雄であるとともにミステリアスな人物として語り継がれている。

彼は北ウエルスに1888年に生まれた英国人である。オックスフォード大学を1910年に出て、大英博物館ののイラク遺跡探検隊のスタッフになり、その後イギリス諜報将校としてカイロに派遣されている。

1916年にアラブがトルコに反旗を翻したとき、メッカに原因探求の視察官として派遣されている。このあたりから彼の存在がミステリアスになってゆく。映画の中で、ローレンスがアラブの白いターバンをつけ、ローブを翻しながら紅海の要衝アカバに突撃する時”ノープリゾナース”(no prizoners)と叫ぶ場面がる。

つまり、捕虜はとらない、みな殺しと言うわけ。正に凄惨なセリフ、背筋がゾットするシーンであった。

彼には"七つの分別の柱”(seven pillars of wisdom)と言う著書がある。1920年英国はイラクを植民地化することに失敗している。

それから1世紀が過ぎようとしているが、未だに無駄な、非情な戦乱が繰り返されている。彼には同性愛者であったという噂がつきまとっている。Photo_20

ウィンストン・チャーチルのアドバイザーをも務め政府から重宝がられた人物だったが、1935年、故国ドーセットの「雲の丘」と言う私宅に引退、2ヵ月後謎めいたオートバイ事故で帰らぬ人となった。

享年47歳であった。砂漠の彼方から陽炎に包まれて表れる人物像が忘れられない美しいシーンであった。

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大きすぎた掘り出し物

わが国では高松塚発掘品の処理について大問題になっていますが、さすが中国では何万、何千と言う単位の遺跡発掘が今でも続いています。

ここに紹介します、北魏時代(5世紀)の仏像発掘の写真は、1930年代のものと思われますが、的確な場所は不明なれど、恐らく山東省の近辺であると思われます。向かって左の立像の左にも別の彫刻の台座と思われる物体がみられることからして、ここでもかなりの数の仏教遺物が出土したことと思われます。

これら二体の作柄からして、龍門や雲崗遺跡に匹敵するような美術史上特筆すべきものではないにしても、日本の奈良時代以前の仏教遺跡には違いありません。

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中国仏教探査は19世紀末から20世紀初頭にかけて、スェーデンのヘディンや英国のスタインらの探検隊の中国西北部の敦煌やチベット周辺から持ち帰った発掘品の研究から日の目を見るようになり、日本からも西本願寺の大谷(光瑞)探検隊、京大を中心とした学術視察により世界的ブームを呼ぶこととなりました。この写真では2名の日本人が努力して見つけ出し、発掘した対象物があまりにも大きすぎて途方に暮れている様子を撮ったいわば「記念写真」であると思われます。

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ダイナマイトと平和

勲章とか表彰を辞退する人は少なくないが、ノーベル賞を辞退する人は極めて少ないのではないでしょうか?

スウエーデン人、アルフレッドB.ノーベル(Alfred Bemhard Nobel、1833-1896)の遺志によって始まったノーベル賞は1901年より現在まで継続されていることはすばらしと思います。

その間2回の世界大戦で途絶えることがありましたが、殆ど毎年、物理、化学、文学、生理学或いは薬学の分野で活躍した人々に対し、人種の別なく授賞され続けていることは絶賛ものです。

数学の分野が省かれているのは少し不思議ですが、日本人の受賞者では湯川秀樹氏、川端康成氏、江崎玲央奈氏、福井謙一氏、佐藤栄作氏、最近では田中氏、小柴氏等が私の記憶にあります。平和賞にはその資格に疑わしい人物が少なからず入っていますが、インドのガンジーさんが入っていないのが残念でなりません。

キューリ婦人は2度も授賞しています。ヘミングウェイ、チャーチル、フォークナー、ジード、ヘッセ、アインシュタイン、バーナード・ショー、ウイリアム・イーツ、アナトール・フランス、パール・バック、シュバイザー、テディー・ルーズベルト(資格?)等々枚挙にいとまがありません。

ノーベルが、事故で実の弟が死んだとき、フランスの新聞がノーベル本人が死んだと軽蔑的表現で発表したことに立腹して、とっさに自己資産の94%を五つの分野の優れた人物に受賞すると決めたといわれています。Photo_16

ダイナマイトが将来悪意で破壊行為に利用されることを生前から気にしていたことが記されています。むべなるかなの感ありです。

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会社は誰のものか?

会社は誰のものか?と聞かれれば「株主のもの」と言うべきでしょうが、経営者、社員の存在価値は無視できないのは当然です。

同属会社は形態は会社でしょうが個人に等しいものです。

企業には資本がつき物ですが、小企業が規模を大きくするには投資家を募らなくてはなりません。株式譲渡に制限のある会社は別として、すべて公開している大企業の場合は株主の意向が会社の運命を支配することになります。

物を作り、販売して利益を上げていれば何も他人をはばかることはないと考えていた経営者に、それでは済まない事態が起きつつあります。

それが外来種の考え、今盛んに騒がれている手法、M&A(merger & acquisition)、複数会社の合併手段と持ち株の数で会社の強制的吸収合併を仕掛けるT.O.B(takeover bid)法、両者には良い面と悪い面がありますが両者とも「働き手」の事情を無視した手段には違いありません。

日本には特殊な技術をもった会社が多いので経営者にPhoto_15 は決して油断できない時代となりました。

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災難から身を守る法

1945年、第二次世界大戦で日本が敗れ、アメリカの支配下におかれました。今考えると、

米国は18世紀に独立してより自分たちが成し得なかった彼ら自身にとっても夢か理想としか思われない主義で敗者、日本国の再建を考えていたのではないかと思いたくなります。

いわば我々は”アメリカ式社会主義”の実験モルモット役を演じさせられたのではないでしょうか?

憲法第九条は正にその典型的な例で、それを愚かにも精神年齢12歳(マッカーサー占領軍司令官の言)の国民がその後「平和憲法」として頑なに守り続けて62年が過ぎました。

この人間社会で一つの国だけが非武装中立を唱え、怯むことなく独立を貫徹できることは所詮「夢」でしかありません。

今中近東で起こっている血で血を洗うような紛争が東アジアに起らないとは誰も断言できません。Photo_14 有事に備え「国防」を他国に頼ることなく一日も早く考慮すべきだと思います。

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尼崎JR脱線事故

107人が犠牲となった2年前のJRの脱線事故から2年以上が経過して、昨日、国土交通省航空・鉄道事故調査員会が最終的な事故原因報告を発表したことが新聞記事にでていた。原因はいろいろ有り、過密ダイヤのせいだとか、運転手が速度制限を守っていなかった等々すべて鉄道側の過失を攻めたてているが、線路が急カーヴしている近辺に集合住宅建設を企画したこと、それに建築許可をした行政側の責任は問われていないのは何故なのか。電車がそもそもその建物に衝突し、下に潜り込んだことで乗客への被害が大きくなったとは誰も考えないのだろうか?昨年来マンションの構造偽装問題で国土交通省がクローズアップされていたが、危険なところに集合住宅を建てる申請にはもっと慎重に地理的状況を考慮に入れて認可してほしいと考えます。Photo_13

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東高西低

大阪府はご多聞にもれず、'04、'05年度分府政務調査費3.4億円がうやむやに消費されていたことが15日発覚、監査委員が大田大阪府知事に返還請求したとのこと。大阪府は破産寸前の台所事情にあること、すでに周知の事。

東京都の石原知事は15日、作家の猪瀬直樹氏(60)に副知事就任を要請していたが猪瀬氏がその要請を了承したとの事。

猪瀬氏は旧道路公団と熾烈な口論を展開、道路派閥議員たちをたじろがせたことでも知られている通り彼の発言力には定評があり今後石原都政を引き継ぐことになれば政府にとってもうるさい存在となること必定。Photo_12 太陽の季節が東京にやってくる・・・石原君は只者でないとはショウチャンの感想。

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心配な世界的経済偏重

「円安」傾向がしばらく続いている、これに関して政府も、日銀からもなんら発言はない。

しかし、現実、対ドル10%、対ユーロでは25%も円が下がっていることは確か。ヨーロッパ、アメリカの金利は上昇基調。では日銀の腹ずもりは?中国はオリンピックムードに酔いしれて、不動産のバブル現象と世情不安が高まっているらしい。Photo_11

喜んでいるのは輸出企業くらいではないだろうか?今、外貨とか「金」に手を出すことは危険すぎる。下々の景気は底を這っているが銀行には金がだぶついて貸し手を探しているとは最近何処かで聞いた噂。不安いっぱいのこの頃である。

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ライトアップ・フィーバー

Photo_10 私は「自然観察」の表題でブログをはじめました。自然観察の意味はあるべき状態で自然を観察することが一番自然で対象物が最も美しく見えるのではないかと思うものです。

ところが、最近ライトアップと言う言葉で観光に人をひきつける「商法」が盛んになって、神社やお寺の多い京都ではこれが人気を呼んでいる様子です・

これを皆さんはどのように見ていられるでしょうか?

今朝の新聞にもキキョウを夜に光を当てて拝観(?)にと言う新聞記事が色刷りででていました。

これはお寺の宣伝でしょうか?それとも新聞の社会記事欄の紹介でしょうか?

神社やお寺はこれを宗教活動と思って「拝観料」を徴収しているとすればチョット不自然に思えてなりません。

京都に住む市民として京都市は宗教団体に弱腰なのが至極残念です。草木にしても「早寝早起き」を望んでいると思います。暗くなってから熱いライト照明で苦しい思いをしていると思います。一草一木にも精神が宿っていることは仏教の教える根本的精神ではないでしょうか?「ライトアップ・ビジネス」に就いて宗教者の方々の再考を期待いたしております。

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イスラエル建国

大国のエゴが生んだ国が残念にも世界をかき回している。1948年5月14日ユダヤ人の母国「イスラエル」の建国が国連総会の決議を経て実現した。

パレスティナはは地中海の東岸に張り付くように存在する小さな地域を指す。このパレスティナと呼ばれる場所はかってユダヤ人の土地であったが、西暦63年、ローマ帝国によって征服されて以来、彼らはその土地を永久に失い、それ以来放浪の民となった。第二次世界大戦の末期、英、米、ソの首脳がヤルタに集まってイスラエルの建国構想が話し合われた。しかし問題は、世界中に散らばっているユダヤ人をパレスティナにに住まわせることであった。

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この構想はまるで狭い鶏小屋に狼をほうり込むに等しい行為であった。

これはイギリスがイニシアティヴをとった行為で、それにアメリカ、ソヴィエット連邦が追随したかたちになった。

これの決定に至るまでには多くの紆余曲折があったが、ユダヤとアラブの民族は古くから水と油の仲であり猫の額のようなところに彼らを同居させるスキームには無理があり、40年来続いている不和を静めることは夢のまた夢の感がある。イスラエルは今、世界のメディアの大半を占めるインテリジェンス国家である。

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