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米西戦争

Us_me 1898年2月15日、キューバのハバナ港に停泊中の米国の戦艦メーン号(Maine,6000T)が午後9:40、突然原因不明の爆発を起こして沈没し、250名の犠牲を出した大事件が発生した。

キューバは丁度革命の最中であり、メイン号は現地のアメリカ人の生命と財産を保護する名目で派遣されたとの事であった。

しかし、アメリカの新聞報道によれば、これはスペインによって仕組まれた破壊行為となじって報道、物議を醸した。

”Remember the Maine"(メイン号を忘れるな!)と言う合言葉が生まれ、これがアメリカの第二番目のリメンバー戦争となった、(最初は「アラモ砦」、第三番目は「パールハーバー」)

マッキンレー大統領は間髪を入れずスペインに宣戦布告し、瞬く間に、キューバをはじめ、ポートリコ、ミッドウエイ島及びフィリッピン群島を攻略、これらの領土を自国に合併した。

当時副大統領であったテオドール・ルーズヴェルトは自ら”ラフ・ライダー”部隊を編成キューバ戦線に参加した。

ルーズヴェルトはマッキンレーの暗殺(1901)のため第26代大統領となり、後に日露戦争の調停役をつとめた。

彼はモンロー主義の提唱者で、ドイツのウイルヘルム2世と同じく、黄禍論を主張、日露戦争後の日本の太平洋への進出を危惧する発言が多く見られた。

ルーズヴェルトは日本の朝鮮半島の併合の黙認の交換条件として日本にアメリカのフィリッピン併合の承認を迫ったといわれている。

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