« 電話の話 | トップページ | 強度と軽量コストに挑戦する東レ »

ロシア100年来の怨念?

Siberia_map 1904-5年で日本はロシアを降伏させて、西洋人のアジア制圧を一旦は食い止めた。(40年間)

それ以来、これまで虐げ続けられていたアジアの民族ばかりでなく、世界中の人種から日本の存在を強烈に印象することに成功したのである。

しかし、この日露戦争の結果、白人種間に「黄禍論」の火種を植え付けることとなった。(挿絵:シベリア)

此れを契機にアメリカの日本を見る目も自然に変わっていったことは言うまでもなく、来るべき日米対決の火種となった。

日本は戦後の調停をテェオドー・ルルーズベルト大統領に依頼、ポートマスで戦後の処理が協議された。白人大国がアジアの小国に敗れたことはロシアにとって大きな屈辱として残った。

早速、ロシアに12年後の大革命の前触れとなる小革命が発生、国内が大混乱に陥った。しかし、ポートマスにおける平和条約については勝者、日本にとっても決して満足すべきものではなかったが、すべて粛々として国際法に基づいて両者の調印に至った。

この屈辱的敗北は、癒されることなくロシア人の心の中にとどまっていたのではなかった?

前大戦終末に於いてソ連(ロシア)はシベリアより中国北東部に闖入、日本より無条件降伏を勝ち取った。

日本は条件に従い、武装解除に応じて、全軍捕虜となった。ところがそこで何が起こったか?

ソ連は連合軍に何の断りもなく10万人とも言われる旧日本兵を無断でシベリヤの奥地に連れ去ったのである。誰が此れをゆるしたのか?

これは全くの国際法違反であり、どの角度から考えても糾弾されるべき暴挙であった。(しかしこの違法行為に対して何処からも異論が出なかったことは不思議といわざるを得ない)

私は、これこそ「ロシアの怨念」解消の手段ではなかったかと思う次第である。

極寒のシベリアの地で死んでいった旧日本人の心情は如何なものであったか。残念至極。

ロシア恐るべし!福沢諭吉が述べていた"Might is Right"(力こそ正義)を信ずるしかないか?とつぶやく心境なり!

,

|

« 電話の話 | トップページ | 強度と軽量コストに挑戦する東レ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/304622/8487784

この記事へのトラックバック一覧です: ロシア100年来の怨念?:

« 電話の話 | トップページ | 強度と軽量コストに挑戦する東レ »