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もっとも身近な発明家デフォレスト

アレキサンダー・グラハム・ベル、や、トーマス・エディソンは誰でもが知っている有名発明家であるが、我々が現在、本当に身近に恩恵を受けている発明家でありながら、何故か名前を忘れがちなのが、リー・デフォレスト(Lee DeForest1873-1961)ではないだろうか?

彼はまさにThe Father of Radio(ラジオの父)とたたえるべき偉大な人物である。

電子管、真空管、手術用電気メス、光電池、トーキー、wireless telephone の生みの親でありながら彼の人生の多くの時間をパテント訴訟に費やさなければならなかった。

Lee_de_forest_image

彼の父はアラバマ州の黒人学校の校長だったが、デ・フォレスト自身は名門エール大学で1899年に博士号を取得している。

日露戦争当時(1904-05)に於いては未だモールス信号の時代であったことを考えると彼の思考が如何に世界に先んじていたかが判る。

彼の多くの功績の中で、もっとも著名な部門は「声を無線に乗せて送信できるように考えた事」(radiotelephone-transmitter、1906)。 彼の発明によって軍艦上や豪華客船からのラジオ放送、オペラハウスからの音楽の無線放送又は大統領選挙の情報伝達、映画やテレヴィ放送の技術が早まったのであった。

1916年にはオーディオン(audion)と呼ばれる送信機を世に出し、コロンビアレコードと契約して本格的に、今で言う「ラジオ」実験に成功を収めた極めて有能な科学者であった。

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アメリカ版「啓蟄」(ケイチツ)

グラウンドホッグ・デイ(Groundhog Day)と言われる2月2日は我が国で言う「啓蟄」にあたる春を告げる日として古い農業暦(Almanac)に刻まれている日である。

特にアメリカ大陸東部での長い寒い冬が終わりになって春が待ち遠うしい日にモグラ(groundhog)が穴から這い出してきて,回りを見渡し,太陽が輝いているのを確かめるが、そのとき自分の影が地面に映ると、以外に、再び地面にもぐって6週間待ち続けるという伝説。

Groundhog (Groundhogs)

この頃から冬の晴天が長引くと本当の春の到来が遅れると信じられていたらしい。

しかし、もしその日、

(2/2)に自分達の影が地面に映らなかったら,(空が曇っていて、雨ならば)モグラ達は、春が近いことを予測するという言い伝え。

その始まりはデラウエアー(Delaware,Pnnsylvania)の辺りらしい。、その周辺ではモグラの行動を注意深く観察して作物の植え付けの時期の参考にしていたと考えられる。

ドイツ、オランダ移民達の言い伝えで、これを"Candlemas Day"と名づけて、キリスト教の僧侶が町中の農家にローソクを配り歩いて、寒くて暗い家々の窓辺をローソクで明るくさせた慣わしも語り継がれている日でもある。

古い英語の格言には、"

If Candlemas be fair and bright, 

Winter has another Flight,

If Candlem,as brings clouds and rain,

Winter will not come again.

(もし、キャンドルマスの日が天気で暖かなら、春はまだ遠い、

しかし、その日が曇りで雨ならば、冬は再び来ない。)

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価値の変遷ーtrend of taste-

モディリアニ展に寄せて:

アメデオ・モディリアニ(Amedeo Modigliani,1884-1920)の初期から晩年までの作品を一同に紹介する展覧会を、3/26~より日経新聞の共催で東京・六本木国立新美術館で開催される。

同新聞によると「画家は全盛期のエコール・ド・パリで活躍し、ピカソやマティスと同じく、アフリカなどの源初(?)美術に影響を受け、独自の芸術を確立しました」と紹介している。

また、日経の報道では、現存する作品の多くは個人蔵が殆どで、今回は十二カ国から厳選された世界的規模の太回顧展とのこと。

モディリアニーはイタリー生まれのユダヤ系画家であった。

彼は35年の短い人生をまったくといってもよいほど不遇で暗い人生を生きた「稀代の天才画家」と言うことができる。

彼の作品の多くは、不思議に湾曲したデリケートなタッチの肖像画であった。Modigliani (これは他のモディリアニの妻の肖像画)

確かにモディリアニーの作風は、彼と同時代のゴッホの作風と両極端と思われる程それぞれ特異性をもっていた。

彼の作風はクラシカルイタリアンと前衛モダニズムスタイルを匂わせる。

ゴッホスタイルの特異性と同じく、一般に受けいれられずに終わった画家であった。

当時の彼の人気は低く、一点約$10が相場で、生活は極端な貧困の連続であった。彼が死んだとき、妻、ヘビュターン(Hebuterne)は妊娠8ヶ月であったが、その翌日、未だ幼かった次男を道連れに窓から身を投げて死亡した。

ところが2004年11月(彼の死後84年目)ニューヨークのサザビー(Sotheby's)の売り立てで自殺した彼の妻のポートレイト1点に、実に3,110万ドルの買値がついた。(約34億4000万円)

80数年前には10ドルでも売れなかった品物が311万倍の値段で買い落とされた勘定である。

買ったコレクターの名は不詳だが、物の価値がこれほども違うと、ただ唖然とするばかりである。What's a trend of taste?その様な質問には”ミステリアス”と言う以外にない。

Modigliani_signature (画家のサインの1例)

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リンカーンと少女

これはアメリカがアメリカの理想に燃えていたときの逸話である。

アメリカがアメリカ国民のためにあった頃の実話であり、悲しいかなわが国のように"top down"の国柄では未だに夢物語に等しい。

17歳の少女、ヴィニー・リーム(Vinnie Ream、1847-1914))はある日,意を決して、未だ会ったことのなかった、アメリカ大統領、エブラハム・リンカーンを訪ね「貴方の姿を造りたいのでモデルになって欲しい」と願い出た。

丁度それは大統領には南北戦争のさなかで、忙しい日々が続いていた頃のことであった。

ところが、驚いたことにリンカーン大統領はビニーに”一日15分ならモデルになってあげよう”と未だ会ったこともなかった少女の願いに応じたと歴史は伝えている。

そこでヴィニーは大統領を毎日尋ねて粘土で彼の胸像を仕上げたのであった。

この「会合」はリンカーンが暗殺された、1864年4月14日まで続いたのである。

リームはつまり、リンカーン大統領の生きた肖像を製作した最初の彫刻家となったのであった。

その一年後、アメリカ議会は彼女をしてリンカーン氏の等身大の立像を首都ワシントンのCapital Rotunndaを飾るべく正式に要請した。(挿絵)

Vinnie_reams_lincoln_statue (Wasgington,、DC)

リームはこの仕事によって後世に名をとどめる女性彫刻家となったのである。

彼女はウィスコンシン州、マディソンの官吏の家の次女として生まれた。(彼女の先祖は1717年にペンシルヴァニアにオランダから移住)

彼女の性格はどちらかといえばアグレッシヴで物怖じしない、派手好きな女性で、交際相手の中にはシャーマン将軍やフランツ・リスト等有名人の名がうわさに上っている程である。

どちらにしても、一国の大統領が身も知らぬ一少女に気安く取り合ってくれたことに本人はさぞ驚いたであろうし、刺客の凶弾に倒れた大統領の彫刻を高価なカララ大理石を使って首都の、人の目にとまる場所に注文することを躊躇もなく満場一致で国会で決めた当時のアメリカ人の心意気は聞くものの胸を打って余りある逸話ではないか!

リンカーンが倒れてほぼ1世紀半、人種差別と戦った英雄大統領の精神は未だ滅びていないことを信じたい。

今年は大統領選挙の年であり、ようやくアメリカ史上最初の黒人候補が善戦している様子を見るにつけ、アメリカがようやく変わりつつあることを身で感じている。

願わくばつつがなく選挙が終わることを祈ってやまない。

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波乱万丈の2008年を憂う

新年早々ニューヨークの株式相場が超下落して始まり、いつもの事ながら日本の株式相場も大きく下げている。

金の価格が上がり始めたことで、米ドルに対する信用度が薄れていることがわかる。

所謂、サブプライムローンの混乱で世界中の金融機関に不安が生じ、米連邦準備制度理事会(FRB)が景気後退を予測し、今年の1.4半期中において0.75%(3ポイント)の利下げを考慮中であるとのこと。

これは米ドルのすべての対外貨下落を予測してあまりある要素と解釈してもよいのではないだろうか?

間もなく、各国間の貿易決済がユーロ或いは中国元にシフトされてアメリカの国債が売られる可能性も皆無でないことを予測させる。

先ず冒頭に考えられることはインフレなのだが、アメリカがもし、最後の防衛手段として対外債務抹消のため米ドルの増刷に踏み切ることにでもなれば世界中で大混乱が発生する。

Us_bank_note

しかし、今現在ではユーロも力をつけてきているが、名目上の世界の中心通貨は依然として米ドルである事に変わりはない。

世界中に出回っている米ドルには互換性を誰もが認めている。

例えば、わが国での対米ドル価格は約107円である。しかしアメリカが実際に金利を近日中に0.75%下げることが判明すれば、どんな事態になるか、これは債権国がどのように反応するかを見守っていれば自ずと判ってくるが、ただ事ではすまない太恐慌の兆しが見え隠れする昨今である。

アメリカの自国通貨保有額がいくらなのか知らないが、本国で流通している金額と外国が所有している金額に関しては後者の額が遥かに多いことは判然としている。従って米ドルが下落すれば心配の多いのは実際に保有している国々なのではないだろうか?

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