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リンカーンと少女

これはアメリカがアメリカの理想に燃えていたときの逸話である。

アメリカがアメリカ国民のためにあった頃の実話であり、悲しいかなわが国のように"top down"の国柄では未だに夢物語に等しい。

17歳の少女、ヴィニー・リーム(Vinnie Ream、1847-1914))はある日,意を決して、未だ会ったことのなかった、アメリカ大統領、エブラハム・リンカーンを訪ね「貴方の姿を造りたいのでモデルになって欲しい」と願い出た。

丁度それは大統領には南北戦争のさなかで、忙しい日々が続いていた頃のことであった。

ところが、驚いたことにリンカーン大統領はビニーに”一日15分ならモデルになってあげよう”と未だ会ったこともなかった少女の願いに応じたと歴史は伝えている。

そこでヴィニーは大統領を毎日尋ねて粘土で彼の胸像を仕上げたのであった。

この「会合」はリンカーンが暗殺された、1864年4月14日まで続いたのである。

リームはつまり、リンカーン大統領の生きた肖像を製作した最初の彫刻家となったのであった。

その一年後、アメリカ議会は彼女をしてリンカーン氏の等身大の立像を首都ワシントンのCapital Rotunndaを飾るべく正式に要請した。(挿絵)

Vinnie_reams_lincoln_statue (Wasgington,、DC)

リームはこの仕事によって後世に名をとどめる女性彫刻家となったのである。

彼女はウィスコンシン州、マディソンの官吏の家の次女として生まれた。(彼女の先祖は1717年にペンシルヴァニアにオランダから移住)

彼女の性格はどちらかといえばアグレッシヴで物怖じしない、派手好きな女性で、交際相手の中にはシャーマン将軍やフランツ・リスト等有名人の名がうわさに上っている程である。

どちらにしても、一国の大統領が身も知らぬ一少女に気安く取り合ってくれたことに本人はさぞ驚いたであろうし、刺客の凶弾に倒れた大統領の彫刻を高価なカララ大理石を使って首都の、人の目にとまる場所に注文することを躊躇もなく満場一致で国会で決めた当時のアメリカ人の心意気は聞くものの胸を打って余りある逸話ではないか!

リンカーンが倒れてほぼ1世紀半、人種差別と戦った英雄大統領の精神は未だ滅びていないことを信じたい。

今年は大統領選挙の年であり、ようやくアメリカ史上最初の黒人候補が善戦している様子を見るにつけ、アメリカがようやく変わりつつあることを身で感じている。

願わくばつつがなく選挙が終わることを祈ってやまない。

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