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アラスカ買収

Photo 現在のアメリカ第49番目の州、アラスカは以前ではEast Russia(東ロシア)と呼ばれた極寒の土地であった。

面積、約151万8800平方キロを720万ドル(平均1エーカー2セント以下)で購入が決まった、時に1867年、17代大統領:アンドリュー・ジョンソン(Andrew Johnson)、国務長官:ウイリアム H.スワード(William Henry Seward)の時に購入が決定し、即刻支払われた(写真:小切手参照)。

あまりに唐突で以外な決定なので、これを国務長官の名前からSeward's Folly(スワードの愚考)、Seward's Icebox(スワードの冷蔵庫)と、ののしられた。

当時ロシアは大変な財政難であったことと、イギリス領「ハドソン湾」から近くて、この領地はいずれ防衛が難しくなる前に、当時イギリスに比べて危険が少なく、しかも当時の考えではアメリカから遠くにあったが為、この取引がスムースに成立したのではないかと思われる。

この会談はたった一晩で成立を見たと言われている。アメリカは剛毅と言うか、俊敏というか、領土拡張についての決断には世界のどの国よりも行動が早いのが特徴である

1848年にメキシコからカリフォルニアを奪取した翌年の1949年には所謂”ゴールドラッシュ”が起こっている。アラスカ購入後数年でここでも”ゴールドラッシュ”になったことも不思議なことである。240pxwilliamhseward

人口が領土面積に比べて少なすぎる、それなのにルイジアナの様な肥沃な場所でなく、まるで「冷蔵庫」の様な場所を買うとは馬鹿げているとの非難も当然と受け取れる。

中にはアンドリュー・ジョンソンの”白熊の庭”と言う比喩も聞かれたほどであった。

この会談は始めから国務長官の主導で推し進められたと報じられている。

100年先を見据えた策略であったとは到底考えられないが、偶然としても、1867年の100年後は、即ち、米対ソの冷戦時代ではなかったか?

これは正にラッキーと言うか、何と表現すればよいのだろう。「頭上の敵」と言う言葉通り、もし20世紀にアラスカがソ連邦の一部だったとしたら世界史は正反対に動いていたのではないでしょうか?(写真はマディソン・スクエアーに現在の祖国の平安を眺めているように映るMr.Sewardの容姿である。

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コメント

昭次様                                   米国がアラスカをロシアから買ったということは知っていましたが細かい経過等を初めて知りました。とても興味深く読まして頂きました。昭次さんの博学ぶりに改めて感心しています。giantdragonflyやcocologとはどういう意味ですか辞書を引いても出てきません。お暇なときにご教示ください。

投稿: 木村 哲 | 2012年8月11日 (土) 14時35分

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