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本当にアメリカは人種問題の壁を乗り越えられたか?

アメリカの大統領選挙日があと10日と迫った。

民主党のオバマか、それとも共和党のマケインか?

アメリカは現在大変な困難な時期にあることを知らないものはいない。

支持票の統計ではオバマ乗員議員がマケインをリードし続けているかのように報道されている。

オバマ氏が当選すれば史上初の黒人大統領となり「ホワイトハウス」の住人となる。

マケインが勝利すれば史上初の女性副大統領が誕生することとなり、どちらをとっても異質な選挙戦であることには変わりがない。

アメリカ人(白人一般とも)表立って人種の違いを問題視していない風を装っているため世論調査でははっきりと表面化しない傾向がある。Obama

20数年前カリフォルニア州知事選で調査の段階まで当選が確実視されていた黒人のブラッドリー候補が落選に終わった(ブラッドリー効果、1982)がこの類の前例である。

”自分は人種差別を軽蔑している”と全国民の平等性を信奉しているかに振舞うことが教養人の常識であることで自分を外見上正当化しているのが平均的アメリカの白人層である。

オバマ氏は実に良く戦ったと言ってもよいが、残念ながら私は最終結果は逆に動くことになるだろうと思っている。

しかも今回は一州知事でなくアメリカ合衆国大統領選挙、ここで人種問題がアメリカ人の間で問題視されない筈がない。

仮にオバマ大統領が誕生すれば、今後少なくとも前期4年間の大統領関係の警護費用はどのくらい高価なものになるか想像も出来ない。

アメリカでの大統領暗殺は4名、、暗殺未遂事件を入れると10名はくだらないのではないか?

しかも現在アメリカは内政、外交、経済問題等々数多の問題を背負い込んでいる最中に、新たな人種問題を生み出す恐れのある大問題に立ち向かう勇気が芽生えているとは到底思えない。

アメリカは世界が理解しているほど”リベラル”でない。むしろ想像以上に”保守”で固まっている古いかたちの200pxlittleblacksambofrontis 国である。

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米選挙で引導を渡された共和党

Colin_powell コリン・パウエル(Colin L.. Powell、 71)、共和党、前国務長官はかねてより次期のアメリカ大統領に推挙されていたアメリカ陸軍の4星将軍であった。

初期ブッシュ政権の国防長官、それにパパ・ブッシュ、クリントン政権中、レーガン政権中のチェアマン オブ ナショナル・ジョイント オブ スタッフ(Chairman of National Joint of Staff)を経歴したアメリカ陸軍の中心的人物である。、,

35年にわたって陸軍に勤務した超大物政治家が、このたび政党を超えて民主党のオバマ支持を公表した。

パウエル氏は大統領に推薦されたとき自分が黒人であることを理由にノミネートを辞退したことで知られている。

ブッシュが女性の黒人のライスを国務長官に任命したことも異例であったが、このたび共和党のパウエル氏が民主党のオバマを支持したことにはもっと深い理由があるのではないかと感じる。

パウエル自身が黒人であり、他政党でありながらジョン・マッケイン(共和党)の大統領候補を除外して、オバマを押したことには深い、深い危機感とともに、アメリカの将来と現状を洞察し、あえて発した警告に近い言明であると思われる。

二週間後に迫った選挙を前にして黒人の大物が自分の所属する共和党を見限ったのか、それとも凋落の情勢にあるアメリカに自分の命を賭けた行動をとったと見るべきか?

これにはきっと「想像外」の意味深い影が見え隠れするように思えてならない。

アメリカ300年の歴史で黒人の大統領は現れていない。前述したようにパウエル氏自身恐怖心のあまり立候補をしなかった。

このたびのオバマ氏の勇気に惚れたのか、それともアメリカの現状に失望のあまりの発言なのか?

投票の結果は刻々と迫ってきている、その時期を狙いすましたような爆弾宣言である。

150年前の南北(奴隷解放)戦争を断行したリンカーン大統領の心境がどんなものであったかは計り知れないが、このたびのパウエル元国務長官の心情も、彼のこのたびの行動にも何か逼迫した共通点があるように思える。

それにたとえオバマ氏が大統領になったとしても、何事も一筋縄ではいかない”正に不気味な将来”がアメリカを待ち受けていることは間違いのない事実である。

サブ・プライム・ローン問題、世界同時不況、どれをとっても空恐ろしいことばかりの昨今である。

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アメリカの人種問題は本当に過去のもの?

Barack_obama 1967年になって連邦最高裁がようやく人種間結婚禁止法を違法と認めた。

"I have a dream"のスローガンを唱えながら公民権運動をおこし、ワシントンに行進したMartin L. King,Jrが射殺されたのが1968年、丁度40年前であった。

私も経験があるが、アメリカ南部のバスに前の入口から乗車してきた黒人を見た途端、運転手が外え出てベンチに腰掛けて新聞を読み出した。

私も仕方なく他の乗客の後について下車し、次のバスに乗り換えた記憶がる。(バスの中に残されたのは「違法乗車」した黒人一人であったことは言うを待たない。)

当時アメリカ南部では(1950台)黒人は前から乗車することは出来ないと決められていたのである。

ようやく1955年11月になって州境を越えて走る長距離バスに限って人種差別を禁止としたのである。

しかし現在でもメーソン&ディキソン線(Mason and Dixson's Line)、メリーランド州とペンシルバニア州の間に引かれた南北境界線(1763-67年)は健在していると認めざるを得ないのである。

アメリカは植民地時代から宋主国とフランスの間隙を縫って生きてきた人種であり、必ずしも彼らの言動は一致しないことが多く、特に先住民の待遇では約束を守ったことが稀であった。

上述した人種間結婚禁止法が解かれてようやく41年目にオバマ民主党議員(黒人)がマケイン共和党議員(白人)を向こうに回して次期大統領選挙で優勢を保っている報道をそのまま「うなずける」とは古い人間には考え難いのであるが。

アメリカ発のサブープライムローン騒動でいまや世界は沸きかえっている最中の大統領選挙、今年こそはアメリカの運命に白黒が付く年となろう。

ITの発達でニュースは地球の回転速力を遥かに超える速さで行き交っている。Bush Jr.の心境を慮ったとき彼に同情を禁じえない。

とにもかくにも、後3週間で体制が決することになるが、結果によってはその後に何が待っているかを慮ったとき他人事ではすまない気持ちになるのは唯小生だけではないと思うのだが?

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京都「粟田口」近辺の思い出

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粟田口は所謂”七口”の一つで京都の出入り口の要衝の一つであった。

その中で粟田口は中心街三条大橋から始まる東海道の出発点として最もPhoto_2 重要な関所として肝心な場所であったと言える。

明治になって都が東京に移ったが奈良と京都は日本の文化の中心には違いなかった。

しかし困ったことに明治期になり西洋文化が崇められ、今までの日本の文化や風習が軽んじられる風潮が芽生え、その中でも国家宗教の中枢であった仏教が排斥の憂き目に会うと言う悲惨な事態となった。

鹿鳴館時代と言われる明治の初期においては総理大臣はおろか華族、貴族議員らが西洋の服装で、見よう見まねの仮想舞踏会をしたりして世界中の失笑をかった誠に滑稽な一瞬も見られた。

私の生地は粟田口の青蓮院という門跡寺の前であり、東山の麓は私の遊びまわった懐かしい場所である。

明治28年、琵琶湖疎水完成して京都に水力発電所が完成、(京都遷都1100年記念?)とともに岡崎近辺の寺院が多く壊され、替わりに平安神宮と言う、正に”言うに言われぬ”奇想天外な別格官幣大社が出現して周辺の風情が一変したことを祖母から聞いている。内国勧業博覧会が催されて明治天皇の行幸があったとか。

しかしなんとも残念なのは奇妙な京都の新しいシンボル、都を京都に移した桓武天皇にこじつけた「平安神宮」の出現によって古い都の道筋、吉田神社→祇園社→清水と続いていた粟田口近辺の風情が消し飛んだように思えるのである。

粟田口は美術工芸で栄えたところでもある。薩摩焼に似た京薩摩とも言われた粟田焼、鎌倉時代より続いていた粟田口の鍛冶師、それに本日紹介する七宝焼の産地として名を馳せた。

中でも他をぬきんでいたのは並河家の七宝技術であった。

この精巧さに目をつけた西洋観光客によって殆どが海を渡ってしまって、今では日本には稀にしか残っていない。

ニューヨーク、ロンドンのオークションでは高値で売れている様子を知るにつけ、その頃の日本人の趣味に合わなかったのか、それとも高価すぎててが出なかったのか?

現在では並河靖之七宝記念館は、登録有形文化財として創建当時の佇まいを残している。(神宮道通り堀池町)

並河の技術の優秀さを認めた明治政府は国の勲章、記章の作成を並河に委ねたほどである。(上の写真)。

七宝は英語、フランス語ではcloisonne(クロイゾネ、或いはクロワゾネ)と呼ばれその発生は中近東より中国に渡った。

金、銀、銅などの金属製の下地の上に釉薬の微粉末を乗せたものを800度前後で焼成することで、解けた釉薬によるガラス様、或いはエナメル状のキレイな彩色を施した芸術品である。

シルクロードにそって日本にも将来され、正倉院にも作例が残っている。黒地に竜をあしらった並河七宝の作例は下の挿絵である。

粟田口近辺は知れば知るほど歴史が発見できる。近くに寓した有名人では、頼山陽、志賀直哉、青木杢米、池大雅等が知られている。機会のおありのお方は是非一度訪ねて欲しい。

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