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国立公園

Yellowstone 第25代アメリカ大統領ウイリアム・マッキンリー(William McKinley)がアナキストに暗殺された為突如テオドール・ルーズヴェルトが26代の大統領に就任することになった(1901-09)。

旅行が趣味であったルーズヴェルトはアメリカはおろか全世界を旅しながら狩猟を楽しんだ。

サウス・ダコタの荒野に別荘を持ち、公務に勤めるかたわら自然を最も楽しんだ大統領で、2期目の選挙にも選挙運動を避けるようにして各地を旅する傍ら適当に人生を楽のしんだ、

The new Land Act(別名:The Reclamation Act)を発効させ西部周辺の川をを集合させて21の灌漑施設を作って荒野の状態にあった原野を農地に変え、政府所有の不動産の売却に勤めた。

彼の地方遊説中でもマッキンレイの暗殺の事例を経験してからは、常に武器を携行していたといわれている。

従って彼にしてみれば領土内の地下資源の探査よりも自然の保護を優先させ”federal Wild Life Refueses(州立自然保護地)の創設に手をつけた最初のアメリカ大統領となった。

彼は1905年には(明治37年)”US Forest Service"(US 林野保護省)を創設して国有地地図を作成させ、自然保護につとめた。

例えばマイアミのペリカン島での鳥の乱獲を規制するため、初めて野鳥保護区として大統領命令で”Federal bird reservation"の区画を即決した。

テェディー・ルーズヴェルトが彼の任期中に定めた自然保護に関係する施設を列記すると:18箇所のナショナル・モニュメント、5箇所の国立公園(グランド・キャノン、ミュアー・ウッズを含む)、51の国立鳥類保護地区(bird sancturely),150箇所にわたる国有林保護地区、24箇所の干拓地を完成させた。掲載の写真はイエローストーン・ナショナル パークで創立は1772年。

アメリカ最初の国立公園でテェディー・ルーズヴェルト在職以前に存在していたものだが。この年は奇しくも江戸時代の有名画家「円山応挙」が円満院旧蔵の”大瀑布”を描いた年に当たる。Teddy_rosevelt

テェオド-ル・ルーズヴェルト(Theodore oosevelt)

1858-1919,アメリカ第26代大統領

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