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「御物」は誰の持ち物?

今朝、2009年3月31日の日経の記事”天皇ご即位20年記念特別展”「皇室の名宝ー日本美の華ー」との見出しを見て驚かされた。

何故なら、そこに”天皇家が所蔵する御物云々”と記述されていたからである。

美術行政に関して精通しているはずの日経新聞が未だに「御物」の帰属について日本独特の曖昧な言い回しを引きずっていると思ったからに過ぎない。

それは日本国憲法第88条に規定されている通り戦後天皇家の資産は原則として国有財産になったからである。

但し、「三種の神器」をはじめとする、皇室にゆかりの深い品々や、歴代天皇・皇族の肖像、遺筆、儀式に用いる刀剣類などの皇室経済法第7条に言う「皇位とともに伝わるべき由緒あるものー御由緒物ーについては国庫の帰属からはずされ、1989年(昭和天皇崩御の年)以降も「御物」と呼ばれている。

これらの御物は宮内庁侍従職の管理下にあり、主に皇居内の”山里御文庫”と京都御所内の”東山御文庫”に保管されている。(出典:フリー百科事典「ウイキペディア」)より転載。

恐れ多いことだが上記の通り、御物は天皇家の持ち物ではないことははっきりしている。

私は日経の記事を論ってここで因縁をつけることが本意ではない。

マスコミの傾向として、日本では、憲法第九条の戦争放棄の事には目くじらを立てるが、このような文化財にはあまり注意を払っていないことが意外に思えたからである。

さらに正確を期すために補足すると、皇居、ご用地、御用邸、修学院離宮、桂離宮、などの土地建物、正倉院の宝物なども国有財産の中の「皇室用財産」として分類されているらしい。

そのほか御物の用語は”東山御物”(室町幕府伝来品)や”柳営御物”(徳川幕府伝来品)があるがこれらは今では単なる個人所蔵のマボロシ・コレクションに過ぎない。

とにかく今回の東京博物館での天皇陛下即位20年記念の宝物展示展は10月6日~11月29日の間開催される。

Photo (桂離宮)

只、京都市民として特に希望したいことは、桂離宮、修学院離宮などが”皇室の持ちもの”でないにもかかわらず、宮内庁が維持する「特権意識」?の為か、これらの離宮を見ることが極端に制限されている事実を申し上げたい。国有財産なのに何故一般に開放できないのか?

この際、宮内庁の姿勢について市民の稚拙な疑問を投げかけたい。 

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日本近海の活断層

政府の地震調査研究推進本部がこの四月から沿岸から30キロ以内の海底にあると思われる"活断層”調査を始めるとのこと。(産経新聞3/30’09)

その対象は80~100箇所程度だが、これまで手付かずの箇所が20~40箇所あるとのこと。

陸上を含めてこれからすべてを調査するには10年以上かかると知らされて、まことに心もとない話。

日本近海「活断層基本図」推進本部の発表では、これまで内陸活断層による地震や海溝型地震の発生確率などを調査してきたが、海底活断層の調査については手付かずだったことを今になって発表したわけで、これを知って今更ながら恐ろしくなる話ではないか?

Photo (美浜原発全景)

平成19年の新潟中越沖地震で柏崎刈羽原原発が故障したのは震度6強の海底活断層の揺れが原因であったことがはっきりしている。

即ち同地沖の海底に活断層が存在することがはっきりしている。

このたびの発表によると:

①陸域の活断層の延長部の海底の調査12箇所。

②陸域の延長部でその断層の長さが不明なところ13箇所。

➂海域の断層で形状はわかっているがその活動暦が不明な箇所40~60。

④海域で形状と活動に関する情報が無いところ20~40.

以上の中で①~➂は電力会社の今までの調査情報の利用に留める。

陸地の調査は航空写真や試掘で確かめることが可能だが、海底のものに関しては船から音波を出して海底や地中の構造を調べる音波探査が知られているが、莫大な費用がかかるとの理由で今まで放置されていたことを認めるかたちである。

なんとも不可解なのは地震調査研究推進本部の言明である。即ち、”現在把握されている海底断層を地図で示すと原発の周囲にしかないように見える”。

それに加えてこれまで海底断層を過小評価してきたことを認める専門家の発言があるとのこと。

東海、東南海、南海地震など海底の岩盤付近に起きるとされる海溝型地震のほか沿岸海底の活断層による地震も多い

問題は大量の海水を消費する原発は海岸付近に立地するため、建設に際して危険度についての調査は欠かせないのだが、このたびの地震研究所の発表が間違っていないとすれば日本の沿岸から30キロ以内に100ケ所もの危険箇所が存在するとの事。原発の建設を容認するに際して地方自治体はよほどの決心が必要になると思うのだが?

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中国とミヤンマー急接近

昨年11月18日このコラムで最近の中国のミヤンマー(旧ビルマ)に対する攻勢について少し述べたが、今朝、3月28日日経新聞が、"中国、資源権益さらに強化”と言う見出しでミヤンマーの軍事政権が27日正式に国営のメディアを通じて石油やガスのパイプライン敷設権をめぐって中国と合意したことを発表したことを報じている。Photo (イラスト:ミヤンマー地図参照)

軍事政権トップのタン・シユエ国家平和発展評議会議長と中国共産党のトップがミヤンマーの:

①石油、ガスのパイプライン敷設での協力

②水力

③中国輸出入銀行からミヤンマー財務・歳入省に対する貸付契約

④経済技術協力の4つの案件において合意調印にこぎつけたことを報じた。、

これで、ミヤンマーが自主的に今後の中国との協定の内容を報じたことになりこれが中国の一方的な進出でないことを宣言したことが明らかで中国にとって誠にお目出度く、又うらやましいお話である。

これは100年以前に日本が朝鮮半島及び清国を実質支配してそれを世界に認めさせた手口に酷似しているが、実際は中国はかつての日本の行動より慎重にミヤンマーに声明させている点抜かりが無い。

「侵略」と取られないように考慮しているところが流石中国外交の辣腕だと認めざるをえない。

中国はミヤンマー西部のベンガル湾(地図⑦と⑤付近か?)側から中国南西部の昆明までを結ぶ石油とガスのパイプラインをそれぞれ一本ずつ敷設することに加えて、ミヤンマー沖での石油採掘の権利を確保、それを運営する会社に対して50.9%の出資を決めている。

これから中国はミヤンマーをフリー・ハンドで全面支配の体制を確立したことになり、中東やアフリカから輸入するレアーメタルや石油をマラッカ海峡を通過することなく安全且つ経済的に持ち込める権利を得た。

欧州やアメリカが手を出せない貴重なルーツを手に入れ、今後さらなる中国のインド洋支配力増加が確定的となりつつあると思われる。

いみじくも先週来、アメリカが海南島周辺の中国潜水艦の活発な行動について、ベトナム、フィリッピンからの要請もあってか、警戒を強めているとの報道もあり、この周辺が今後米中間でのせめぎあいの中心地域となるのではないだろうか?

今後、小さい日本がますます小さくなっていくように思えてならない。

ミヤンマーとは1948年の独立から1974年迄はビルマ連邦、1974~1988年まではビルマ連邦社会主義共和国(socialist Republic of the Union of Burma)1988~1989年までビルマ連邦。

1989年6月18日に軍事政権は国名の英語表記をUnion of BurmaからUnion of Myanmarと改めた。しかしこの国名を世界中で使用している国は少ない。

改革を唱えるアウンサンスーチー女史が長年にわたり軍事政権により軟禁状態におかれている事には変わりなくこの国が北朝鮮と同じく世界の中で謎に包まれている国でありながらどの国も手が出せない存在として残る可能性が大である。

19世紀に於いてはイギリスとの第三次英緬戦争(1858~61年)で王朝が滅亡。1886年イギリス領インドに併合されて。その時、国王,Tibaw Minとその家族はインドのゴア付近のラトナギリに流され、そこで死亡した。

ビルマ人の独立運動は第一次大戦中に始まり、1930年に開始された農民一揆はその翌年にイギリスによって鎮圧された。

しかし、1937年、インドから独立しイギリス連邦内の自治領になり、1942年(第二次戦争中)アウンサンがビルマ独立義勇軍を率いて日本軍とともに戦いイギリス軍を駆逐、1943年日本の後押しでパー・モウを元首とするビルマが建国された。

その後、日本の敗色が濃くなった後、アウンサンが指揮するビルマ国民軍は1945年3月、日本と、その指揮下にあったビルマ国政府に対してクーデターを起こしイギリスに寝帰った。

日本の敗戦と同時にビルマ国政府は日本に亡命した。

戦後イギリスはビルマに独立は許さず、再度イギリス領に復帰させた。しかし現ミヤンマー連邦政府はその建国と旧ビルマ国

とにかく謎の多い未開国という印象はぬぐえないところである。しかし今回自主的にミヤンマー軍事政権が中国との新しい関係を正式に認めたことは世界的重大ニュースであることには違いない。

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タチハナアナナス

「タチハナアナナス」京都植物園を昨年末に訪れた、温室にこの「花」を発見ラベルを見るとタチハナアナナスとあった。

自宅で早速参考文献を調べるとこの花の寿命は2~3日、しかし、次々と咲いてくるので永く楽しめるとのこと。

原産は南米、パイナップル科の非常に可憐な花である。

Photo_2

解説によると”陽光を好むので、ほぼ年間を通して明るい場所に置く。

但し夏の間は日焼けをさけるため、ほんの少し、半日くらい影になる場所にするとより好ましいとか。

高温を好むので生育の間の適温はほぼ摂氏20度~30度程度だが、冬の間は平均8度位でも越 冬できる”。

水やりは過湿な状態にして、生育期には用土が乾燥すれば葉の上から充分に水をやり、管理。

但し冬期は反対に乾燥気味に管理するのが秘訣とのこと。

「肥料」夏季の生育中のみ綏効性肥料の置き肥か、液肥をときどき与える。

「植え替え」5~6月が適期、株が大きくなれば一回り大きな鉢とするが一度開花した株は、そのままにして、古株から新しく育てなおす。

「殖やしかた」子株を分轄して繁殖させる。子株は葉が10枚くらいになれば基部を折らないように注意して分ける。弱いのでくれぐれも注意して茎を折らないように植え替える。

「用土」は水コケ、ピートモスなどが最適。

「花の咲かせ方」或る程度大きくなると咲きはじめる、これの専用の薬剤として”エスレル”と言う種類を使用(市販)。葉面散布或いは葉筒へ注入する。この場合液濃度に注意が必要。-効能書き参照ー

管理はいたって簡単との事。(挿絵:京都府立植物園温室にて撮影)

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雑誌出版業の変遷

先日の日経新聞(平成21年3月15日)の「今を読む」欄に”苦境の雑誌界、道を探る”の題で雑誌出版の最近の情勢と運命論らしき講評が目に付いた。

最近大手出版社の有名な雑誌が、相次いで休刊に追い込まれている現象について論じている。

それによれば、昨年、「主婦の友」「現代」「読売ウイークリー」「プレイボーイ」などが休廃刊したとのこと。

この際、私も初めて知ったのだが、昨年の我が国での雑誌の総販売額は1兆1299億円だったそうだ。ピーク時の1997年では1兆5644億円を記録していたのだからそれから11年間で4345億円減少したわけである。

今年に入ってもこの現象が雪崩れのごとく続いているらしい。同誌によれば一つは読者の減少、次には広告収入の減少に加えて紙代、印刷代の上昇が考えられるが、なんと言ってもインターネット、携帯電話の出現によるものが大きいことは否めない事実であろう。

しかしこれまで雑誌の販売拠点であった書店数の激減と、経済環境の変化や生活スタイルが根本的に変化していることや活字離れ等々理由をあげればいくらでもある。

どんなビジネスでも変化を求められるもので、それぞれが世の中のトレンドに沿って「自己改良」が求められるものである。

むしろ我が国では悪名高き”再販制度”に守られて製造者の希望価格で販売が継続され、これに誰も反対を唱えなかったことが「特異」なのである。

従って雑誌界でも或る程度この再販制度に胡坐をかいていたのではないだろうか?

特に我が国の新聞販売体制に対して誰もが異論を唱えないことが、これは私には不思議に思えてならない。

日経が認めているように、例えばアメリカでは雑誌は9割近くが定期購読で、一年より二年の契約(subscription)、つまり永くなればなるほど値引きされるのが普通であり、書店売りはむしろ稀である。私が全てアメリカ流が最良と申し上げていなが、定期購読が約束されれば出版社も将来の販売数見込みが立つのではないだろうか?

我が国では新聞販売体制の殆どが定期購読が普通で、各新聞社は宅配できるチャンスに命運を賭けているかのようである。

それに加えて私が腹に据えかねるのは、一度購読を始めたならばそれを止めようと思っても簡単には承知してくれない、

時としては恐喝に近い圧力をかけてくる新聞社もある。

何故このようなシステムを国が許容しているのかは謎である。

新聞は決まったときに(スポーツ新聞を除く)休刊し、こぞって同じ時に値上げすることを国は「カルテル」視しないのが謎の又謎としか思えない

従って我が国では新聞の廃刊は至って稀といえる。アメリカでは大新聞でさえもノンカンとはしていられない。

過去ではNew york Herald Ttribune,Life やSaturday Evening Postなんかが消え去った。

政治家が最も恐れているのが他でもない「新聞」であり「メディア」なので、従って政治家もメディア界のボス的存在の論客には自分から擦り寄っていく見苦しさが目に付くことは誰もが認める事実である。

話がとんでもない方向に行ってしまったが、メディアにかしずく政治は見ていられない思いである。

私事に亘って恐縮だが、私が最近愛読している雑誌は月刊の「選択」で、どの方向にも偏っていないのが好きである。

私の希望は各新聞がそれぞれ特徴を持つことである。現在ではどの新聞を見ても殆ど同じことしか書いていない。まるで国が報道の自由を束縛しているのではないかとさえ思える。

又、{外電」情報は外国に依存し、我が国独自の報道源を持たない、まるで日米安保に近い情けない状態であると思われる。An_illustrated_magazine180pxlife48

Life Interrnational Edition,

Jan,19,1948,

モハメド・アリ(パキスタン)氏の特集。ライフは写真報道中心に世界恐慌時に発刊され40年間世界の雑誌の代表的存在であり続けた。Henry Luceが1936年に創刊、1978年まで継続、その後休刊、再び継続を図ったが2007年を最後に永久廃刊となった。

Saturday Evening Post ha

Norman Rockwellのウィットに満ちたcartoonで親しまれたが戦後間もなく姿を消した。

Time マガジンだけは未だに継続されている。

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ヘリコプター搭載護衛艦「日向」就航

航空母艦や強襲揚陸艦と呼ばれる全通甲板構造の「ひゅうが」18000トンが就航したことが昨日(3/19’09)の日経新聞にでていた。

全長197M、全幅33M、ガスタービン4基を備えた総馬力10万馬力、最大速力30ノット。魚雷発射管2基6門、12.7ミリ機銃をも装備した日本最大の護衛艦とのこと。

この建造にあたったのは石川島播磨造船(IHI)の横浜工場で、平成16年から5年がかりで造られていたもの。

これの主要目的は潜水艦駆逐とのこと。早速、ソマリア沖の海賊退治に出発するらしい。Photo

これでようやく我が国にも始めて航空母艦らしき装備を持つ「海軍」の出現が見られた。

間もなく2番艦の就航が予定されているらしいが、少し遅きに失した感がある。

何故ならこのような装備のある軍艦が30年前にあれば我が国の裏庭の日本海を策敵して北朝鮮による「拉致事件」をも事前に察知して罪の無い自国民の安全に役立てることが可能であったのではと思う次第である。

我が国では未だに海軍と言うことを躊躇しているが、海上自衛艦は立派な軍艦でありながらこれにも誰に遠慮しているのか、「自衛艦」と呼ぶことに固執しているところが面白い。

日教組か共産党が反対すれば国民も大声で政府の姿勢にチェックを加える傾向にはつくずく嫌になる次第。こんなことをしていれば世界中の笑いものになると恐れるのだが。

日向型の特徴は艦橋構造物は右舷に寄せられ艦尾まで甲板が繋がっている。

甲板全長が197メートルあり、搭載機の活動を容易にしている。また、艦橋が視界をさえぎったり、気流を乱すことも少なくなる長所があるとのこと。

海上自衛艦としては初めて砲を装備していない軍艦であるが、が多機能レーダーを4面もち、誘導電波送信用に高機能の策敵機能の装備が施されている「インテリジェンス小型空母」といえる。

中共、インドも最近自前で航空母艦を持つことを決定しているので、我が国としても将来はアメリカに依存することなくそろそろ「親離れ」の意味で、立派なく10万トンクラスの国産の航空母艦建造を決定すべきだと思う次第である。

宮崎県知事、東国原氏も認めているが、若者を鍛えなおす為日本でも徴兵制度を実施するべきであると思う。

”備えあれば憂いなし”の言葉通り、平素から自衛する力を持つことが必要で、それによって若者の健康増進に役立てば一石二鳥だと思うのだが。

世界の常識が日本では通用しないことは実に情けなく、今更ながら戦後の教育の失敗が悔やまれてならないのは唯私だけではないと確信して止まない。

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WASPの世界にひび割れ!

WASP(,white,Anglo-Saxson,,Protestant)が近世の世界を牛耳っていたが、一つの片翼を担っていた世界の一大国家アメリカに異変がおこった。

即ち、その大統領に弱冠48歳の民主党上院議員のバラク・オバマが共和党のジョン・マケインに大差をつけて当選、アメリカ史上初の黒人大統領が誕生したことは2009年最初の世界の大ニュースとなったことは今更申し上げるまでもない。

ロシアではプーチンに替わってメドジェーエフが大統領(プーチン主導)、イギリスではブレアーに替わってブラウン、ドイツではメルケル(女性)宰相、フランスでもシラクの後継者としてサルコジが大統領になった。

ところが、日本では小泉に替わって安部晋三が首相になったと思えば、一年もたたないうちに福田康夫、それから麻生太郎とめまぐるしく選手の交代が起こった。

それも自民党内部での所謂”盥回し”。そんなに政治を軽く考えて良いのか?

麻生氏に関しては誰の目から見ても軽率のそしりを受けても仕方が無い行動ぶりである。

首相就任直後、頼まれもしないのに国連本部に突然出かけて訳のわからない演説をぶって来たのには驚いた。

オバマ就任後第一番目に招待されたと喜び勇んで握手、訳のわからない「英語」で”日米の意見一致をみた”と満足げに国会答弁をされたが、アメリカがどのような仕事を今後日本に要求してくることについてはまるで「暗中模索」。

アメリカの経済が明日もわからない程一大危機にあり、、アフガン、イラクの跡始末に日本はどのように対処すれば?Photo_2

中国との尖閣諸島について日米安保を利用しようとした途端に、オバマはこれは完全に日中問題、従って、”アメリカのはかり知る限りでないとアッサリ足蹴にされてしまったところで「力不足」の国の運命は今後蝋燭の火の如く心もとないことこの上も無い。

イギリスを除いてロシア、ドイツ、フランスは100年前、日清戦争後、日本に対し遼東半島の返還を求めてきた白人連合国。そのとき我が国は仕方なく彼らの要求に屈したことは未だ忘れ得ない屈辱であった。(イギリスは当時、南アでオランダとボーア戦争に忙しく、仕方なく日・英同盟締結中)

前の駐日米大使:ハワード・ベーカー氏が2009年元旦に日経紙上でオバマ現象を解説して「変革」と称して民主党の時代は長くは続かないと言うと同時にアメリカは自助努力で如何なる政変ものりこえるので恐れるに足りないといってのけている。

アメリカは国内の問題として自力で”正常復帰”(白黒問題のことか?)するだろうと述べていることからして本当に難しい立場に立つのは、白人サークル外にいる日本。

彼らの見る目は100年前とまるっきり変わっていないー白人至上主義ー冷酷そのもの以外に無い。

日本が自分の力で変わらなければ国外に対する発言は無力に等しい!

国力こそオール・マイティーであるべきで、どうか政治家の皆さん自己防衛を怠らずに100年前の日本に戻って欲しい。

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大学生の実戦考古学に拍手

本日(2009年3月10日)京都新聞の償還を開いて驚いた!

大学生の考古学研究グループが古都京都に歴史上、今日まで未記述の平安時代(10世紀)頃のものと思われる大伽藍寺蹟を見つけた!

これは桂川右岸の松尾山々中(標高約170m)の場所で仏堂や僧坊を備えた寺跡が存在していた(名称不明)ことを立命館大学のグループの知らせを受けた京都市文化財保護課が立会いの上、確認した。Photo

これは、当時では地方と呼ばれていた関東や中国地方のことではない。

正に奈良と並んで日本の文化の中心であった京都からさほど遠くない嵯峨野近辺で突如姿を現した大発見が起こったと叫びたくなる程の事件と言える。

しかも、そこにあった瓦は京内裏跡で発見されているものと同じ型から出来たことを知らしめる”西賀茂・河上瓦窯の銘入りのものが散見されたとか!このことは、ますますこれが位の高い寺跡であった証拠と推察できる。

同時に出土しているものの中には、当時の瓶子、緑釉陶器もあり、時代考証の上で貴重な傍証の材料もそろっている。

近くの松尾大社との少なからざる関係も今後明らかになれば考古学研究者達にとってはホッテオケナイ重要な研究課目が浮かび上がったと言える。しかしこのような事例は今までにも見られる、例えば山科天智天皇陵の近くの天祥寺、山寺跡も今回発見の寺と類似していて、時代もほぼ似通っていると思う。

それはともかく21世紀になってこのような事、図書館の虫になりきっていた文部科学省のお役人。美術関係の知識人と言われる学者建の反省材料にして欲しい。

率直に今回の発見にかかわった立命館大学の若者に潔く感謝の言葉を送たい。

参考写真「醍醐寺五重塔」

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