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ジョージ・ワシントンの住家再建

ルイザ・D.バード・カニングハム(Louisa Dalton Bird Cunningham)がポトマック川を舟でマウント・ヴァーノンのワシントンのマンションのあるあたりを通りかかった時、彼女は乗っている舟のデッキから、丘を見上げ、お化け屋敷同然の姿になっている初代大統領の住んでいたな家の現状を目のあたりにして”ショックを受けた”とサウス・カロライナに住む娘、アン・パメラ・カニングハムに書き送っている。Ann_pamela_cunningham 1853年の晩秋のことであった。

そのとき、彼女の胸をよぎったものは、初代大統領の棲家をこのままにしておくには忍びない、男性が出来ないのなら、女性の力で復活させてみたいという抑え難い渇望であった。

ワシントンが1754~1799年(没年)まで住んでいた処は、今は甥の子で弁護士の、ジョン・A ワシントン3世(John Augustine Washington lll.)の所有であった。

しかし、彼はその時、毎日押し寄せるツーリストの世話にくたびれて、その所有権を総額20万ドルで売りに出していたところであった。

その話を母親から耳にした21才の娘のアンは(Ann Pamela Cunningham )は永く車椅子での生活を余儀なくされていたが、自分の不自由な体を省みず、一念発起して、この歴史的資産"マウント・ヴァーノン”(Mount Vernonn)"

の再建を決心する。

この運動はアメリカでの最初のN.P.O.の団体組織となり、「マウント・ヴァーノン女性(募金)団体(The Mt.Varnon Ladies's Association)と命名されたのであった。

現代ではあまり珍しくない運動ととられるかもしれないが、当時の、しかも、封建的なアメリカ南部地方に於いて、女性がこのような慈善運動を計画することはごく稀であった。

従って彼女は遠慮がちに自分の名前を公にするこを避けて、只、”南部の女性("A Southern Matron")とだけサインしている。

この募金運動はやがて全国的となり、有名女優や、フランスの貴族女性、有名作家ワシントン・アーヴィング等も刺激をうけて運動にこぞって参加したと言われている。

1858年(安政5年)、遂にアンの女性団体の募金活動団体は18万ドルを支払い、その二年後、全額支払を達成して所有者から「家の鍵」を受け取った。そして、1860年2月22日、正式に団体の所有に帰した。

今日では(1960、12月19日)この場所はナショナル・ヒストリック・ランドマーク(National Historic Landmark)となっている。若い女性であっても勇気をもってタックルすればことが成就することを身をもって示した武勇談であるが、意外と知る人が少ないことは残念である。

Mtvernon_washingtons_home_2

マウント・ヴァーノンは全てを含めての面積は4エーカー(16万平米)母屋(写真)の他12のビルディングからなっている。年中無休で、当時の生活様式を学ぶためにも貴重な歴史的資産である。

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