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ショウチャンの別稿「近世日米通年史」

このたび私は、かねてより疑問を抱いていました、日本では通念的に理解されていました近世における「日米」の関係を、別稿「近世日米通年史」にて、私の知りうる範囲で、解きほぐして記述したいと思いまして、できる限り順序を追って「ブログ」の形で残したいと思っています。

浅学非才の私が挑むにはあまりにも壮大なサブジェクトではありますが、機会あってお読みいただいた方々から忌憚の無いご意見や、ご批判を頂戴できれば幸いです。

但し、これは私個人の意見でありますので、たとえ偏った意見と思われることが御座いましても、何卒ご寛容にお許しいただきますようお願いいたします。

私の理解します日米関係とは、ペリー提督が率いるアメリカ東インド艦隊が江戸時代末(1853)、来日して開国を迫った事件の周辺からはじめたいと思っています。

それはアメリカが南北戦争で混乱いたしておりました頃のことで、イギリスが清国を攻め屈服させました、”アヘン戦争”後にあたります。やがてアメリカでは欧州よりの多数の移民を引き受け、人口が大きく増加して、人々が西を目指して移動した”最後のフロンティア”と言われた時代のことであります。

アメリカは間もなく、マーク・トウェインが皮肉をこめて表現した”金ピカ”時代を迎えます。世界で唯一の、東に大西洋、西に太平洋にまたがる大帝国の構築に向かっていた頃であります。

19世紀はアメリカが、先ずナポレオンより大陸の略三分の一の広大な地方を購入し(1803)、アメリカは初めてイギリスを打破して(1812)、世界の強国として飛躍を遂げ、自国の産業革命を起こして、近代機械文明の「魁」的国家を築きました。

やがて大陸横断鉄道が世紀の半ばころに完成し、太平洋に向かって羽ばたくことを新たな使命として拡張を始めたことは周知の事実でありますが、アメリカが近代帝国主義国家を自ら標榜するにいたり、おのずからアメリカ独自のモンロー主義から一転して、排他的思想を持つようになっていくことは結果的に世界列強から是認される事実となりました。

その様に世界の一大強国になっていくアメリカと、太平洋を挟んで対峙する運命を甘受しなければならない運命を背負った小国日本の運命は自ずから厳しいものになって行きます。

アメリカの”砲艦外交”は伝統的なものであり、力によって、こじ開け、棍棒で殴りかかる手段が彼らの常識であったことを、どの程度まで我が国の為政者が理解していたか?第二次世界大戦の芽は何時ごろ芽生えたのか?

我が国は如何にして生き延びる手段を見出せたのだろうか?

Paciofic_ocean 私は「自国の将来を見誤った」日本の悲しい運命をさかのぼって考察しながら今後の国の進むべき道を考えたいと願っています。 乞う、ご期待!

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