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天安門事件より20年

1989年6月3日、世に言う「天安門事件」が起きてより、丁度20年が経過した。

これは、中国共産党に反対を唱えるデモ隊が騒動を起こしたため、軍隊が出動して天安門前にて小競り合いが起こった。

その鎮圧に際して軍隊が武器を使用、多くの犠牲者を出した”インシデント”。

丁度そのとき、ソ連のゴルバチョフ大統領の北京訪問とかち合った、北京に世界中から多くの報道陣が来ていたため、この一部始終が世界で生中継される結果となり、一大ニュースとして多くの人々の知るところとなった。

人民解放軍が武力で人民を鎮圧し、しかも可成の犠牲者を出すという、中国にとって誠にミットモナイ事件として世界中の多くの人々の記憶に留まっている。

ゴルバチョフはロシアでは、不思議な程、人気が低いようだが、彼の勇気ある決断で、ベルリンの壁も除去される(同年、11月9日)結果となり、当時の世界の改革に貢献した英雄的存在と認めざるを得ないのではないかと思う次第。Photo

それからの20年、中国は外観的には経済は発展し、国の国際的影響力も大いに高揚を成し遂げたのだが、残念にも、国民の人権状況の改善はなされず、共産党の一党独裁は変わりなく続いている。

昨年、念願のオリンピック世界大会を主催して、あたかも世界の大国ぶりを披瀝したのだが、国の内容、人心の自由は放置されたままであることは痛ましい限りである。

20年の間に中国の経済と社会は様変わりをした。上海の株式市場はアジアの中でも有数の規模に成長したことをもって中国人の自慢の種は増したが、その間、所得格差や地域格差が拡大して国民間の利害が拡大、将来に不安材料が増したことは否定できない事実である。

世界並みに人権意識も高まって、国の高圧的な権利侵害に対する抗議や、集会デモ活動も年間9万件を突破しているとの事。

土地の強制的収用、環境破壊、宗教活動の抑圧に対する不満はいずれ爆発するであろう。

三権分立こそが近代国家の象徴とも言われる所以なのだが、立法、行政、司法すべてを共産党が一手に取り仕切れる道理がない。

この辺が判っていなければ近代文明国家とはなり得ないのだが、今の中国指導者たちがこの壁を如何に乗り切れるか?

水は容器の形にしたがってくれるが、人の心は水のように従順ではない。

中国は北朝鮮をはじめ、多くの人権を抑圧する独裁国家の最大の擁護者的存在である。しかし、人間性(Humanity)を否定して、物質的利益だけを追求し続けるには限度があり、将来に禍根を残すこと必定!中国と北朝鮮は根本的には似たりよったりで、従って、中国に北朝鮮の指導役を依頼すること事態に問題がある。

しかし、現状の脱却には中国指導者たちの「命」と引き換えしか解決の道はないのではないだろうか?

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