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コピーは許されるか?

日本はやはりChinaの弟分?

中国のコピー文化には世界中が悩まされている。

彼らの考えでは「写」とは英語で言うDuplication,又はForgeryではなく、まねて作ることは、即ち、「学ぶ」事なのである。

中国画の歴史では、師匠の作品を写して学ぶことを「倣」という字で表わす。

「倣」には「写」とか「まねる」というセンスは存在しない。

「倣」の意味は、英語で言えばIn the style of、“in the tradition of”と表現できるが、彼らには「コピー」と言う感覚はなく、その方面のモラルは欠如していると考える。

 ところで、本日、筆者が問題にしたいと考えるのは、我が国に於いても同じような伝統があるのではないかと疑問視せざるを得ない事態が慣習化しかけているという、憂うべき現象である。

本日の新聞報道(京都新聞7/14‘09)に、現在アメリカの美術館に所蔵されている緒方光琳筆の金地彩色菖蒲に八橋画六曲一双屏風絵をデジタル複製して

京都市

に寄贈したニュースが出ていた。

そこには誇らしげに“「八橋図」カキツバタ鮮やか、光琳屏風迫る輝き”との大見出しで、これを

京都市

が祇園祭のショーピースとして何処かへ展示して客寄せに使うらしい。

いくらデジタル複製技術が進歩しても、「コピー」であることには違いない。

正式に所有者の許可を得て展示する事には異論はないが、寄贈したのがNPO法人「京都文化協会」でも、製作元は民間企業であり、

京都市

はその企業のデジタル製作技術を知って欲しいとの触れ込みだから、その辺にスッキリとしない疑問が残る。

昨今、このデジタル複写技術を駆使して多くの文化財の複製が盛んである。それも、これらの発注元が観光客目当てのところである。

京都市

が管理する二条城の襖絵は殆どが文化財に指定されている物件だが、これらの屏風絵をデジタルコピーして展示“本物に迫る”迫力を売り物にして反省している様子は微塵も感じられない。

同じことが殆どの観光寺院にも起こっている。本物は傷みやすいという理由で「コピー」で代用しながら、入場料は同じように徴収、「拝観」と言って、宗教行為にしてしまっているが、

京都市

側も同じ穴のムジナだから、宗教法人には何も言えない。

欧米では殆どの場合、展示物は本物で、しかもガラス越しでなく目の前にあるので鑑賞しやすいが、我が国の場合、神社や寺院では、暗い照明の下で展示物がハッキリ識別できない、誠にお粗末な状態である。しかも履物は下駄箱に入れ、スリッパを履く風習は海外からのヴィジターにはそぐわない。

各寺院のパンフレットには所蔵する財宝が記されているが、殆どの場合展示されていない。これでは、

京都市

がいくら宣伝しても、観光客は増えないように思うのだが。ジャック・ルイ・デーヴィッド画(デジタルコピー)

”ホレイシオの誓い”ルーブル美術館蔵Jacqueslouis_david

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