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世界で始めての気球飛行

ジーン・ピエール・ブランチャード(Jean-pierre Blanchard)は1785年に世界で始めて気球を発明、フランスからドーヴァー海峡を越えて一気にイギリスにバルーンで渡ったフランス人である。

それから44回のテストの後、1792年の12月9日、当時アメリカの首都のフィラデルフィアーに到着、アメリカでの興行を試みた。

時にブランチャード39歳、早速彼は新聞にもし、天気さえ良ければ、翌年1月9日に水素気球で空を飛ぶという予告を発表した。

彼の予定は同市の監獄の中庭を利用して飛び立つとの事だった。監獄の高い塀は予期しない突風による事故を防ぐためであった

しかし切符の売れ行きは遅々たるモノであったらしい。英語が殆ど話せないブランチャードには最初、その理由がはっきりと判らなかった。

彼は先ずワシントン大統領を招待することとし、幸い、ワシントンも彼の招きに応じた。

しかし、切符の売れ行きがはかばかしくなく、彼は3ドルの観覧料金を一人2ドルに値下げしなければならなかった。

彼のこの「偉業」についての人気は大変なもので、中には馬で気球を追いかけるというサムライが現れるに及んで、ブランチャードはフェデラル・ガゼット誌の広告に“途中には川も森を越えて飛ぶ気球を追跡することは危険”なのでやめるように訴えた。

当日がやってきた、夜明け前には15分間隔で空砲が監獄の近くで鳴り響き、監獄の庭ではバンド演奏が始まるという賑やかさで、これから始まる大イヴェントの様子を待ち構えた。

暫くして、鳥の羽で飾りつけた大きな帽子と、派手な青色のコートで着飾ったブランチャードが監獄の中庭に姿を見せた、続いて、9時45分に大統領の馬車がマーサ婦人同伴で到着、副大統領、ジョン・アダムス、フランス大使がそれに従って入場するや、15発の礼砲が鳴り響いた。トーマス・ジェファーソン国務長官他多数の高官が姿を見せた。

大統領はブランチャードに直々に安全飛行のためのメッセージを手渡し、観覧席の一員からブランチャードに黒い子犬が渡された。

その日の新聞報道によると、気球が監獄の中庭から飛び立つ頃には4万人の観衆が集まったとの事、ブランチャードが上空からその様子を眺めていて、始めて、何故前売り券の売り上げが少なかったのかが判ったらしい。

初めて上空1200フイートを人間が飛んだのをはじめて見た人々の驚きは大変なものであった。下方に流れるデラウエアー川がまるで青いリボンの様に見えたらしい。

現代の宇宙飛行の際の実験のように、そのとき上空に上った人間の呼吸数や脈が如何に変化するか等も調べられたとのこと。この飛行は成功裏に終わり、ブランチャードはそれから数週間フィラデルフィアーに逗留してアメリカでの知遇を広めた。

イギリス侵攻に道を閉ざされたナポレオンが後日真剣に、ブランチャードの気球を使って英国攻めを策略したといわれている。

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