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終戦記念日n寄せて

Paciofic_ocean

衆議院選挙に寄せて筆者が是非とも発言したいことは、現在世界は未曾有の経済的、政治的危機に直面しているこの時期を千歳一隅のチャンスと捉え、与野党を挙げて、国民のコンセンサスを纏め上げる絶好の好機とするべきだと考える。

丁度今から100年前、日本は世界を驚愕させる大事件を起こした。

即ち、日清、日露戦争で“アジアに日本あり”の印象を強烈に印象ずけ、「黄禍論」の火種を作る事件に発展させた。

このことは、アジアはヨーロッパ(白人)国家の台所とのみ意識していた国々を驚愕させたことに留まらず、丁度太平洋に感心を向け始めていたアメリカのフロンティアーア・ビションに釘を打ち込んだ結果となった。

1905年、テオドール・ルーズヴェルトは日本政府の要請を請け、ロシアと日本の間に入って和睦の労をとった。

アメリカはその頃、日本と相前後して、スペインに戦争を仕掛け、太平洋上の重要拠点であるハワイを先ず、保護領とし、グアム、フィリッピンを占領したばかりであった為、この「交渉役」の依頼は彼にとって願ったり叶ったりであったに違いない。

アルフレッド・マハン海軍提督(1840~1914)はかねてより、アメリカは世界で唯一、大西洋と太平洋と言う大海原に挟まれた文明国家であり、20世紀は「太平洋の世紀」であるとの持論を展開していた。

ルーズベルトも親友の上院議員、ヘンリー・C・ロッジの意見をも取り入れて、このときを捉え、イギリスに変わって世界最強の海軍国家を世界に向かって宣言する願ってもない好機到来と考え、この大役を引き受けた。(ルーズヴェルトは後にノーヴェル平和賞を受賞)

何故ルーズヴェルトが日露講和会議の会場に軍港“ポートマス”を選んだかを考えれば自ずから当時のアメリカの意図が見えてくる気がするのである。

これは、結果論として、日本が世界一の大国、ロシア帝国を打ち負かしたことで、いずれは太平洋を挟んで雌雄を決する運命にあると言う世界論に立ったルーズヴェルトの予想は間違っていなかったわけである。

リーマン・ショックが尾を引いて、カリフォルニアは今や破産寸前の非常事態にある。

丁度100年前の1909年カリフォルニアでは日本からの移民を阻止する日本人排斥運動が盛んであったことは常識のある我が国の知識層にとっては周知の事柄であるに違いない。

この運動の主なる原因は安い日本人労働者を排斥することにあった。

世界一の自動車の大会社「GM」が破産して、日本のトヨタとの合弁会社が解散した。

これはカリフォルニア州ばかりでなく、アメリカ国家の一大危機である。

ここで働いていた何千人と言う労働者にとっては正に死活問題に違いない。

筆者にはトヨタ㈱の事情はわからないが、100年前にアメリカ、カリフォルニア州が日本人移民を締め出したかを翻って日本国家として考え、日本の善意を示すべきであると思うのだが。

今こそ戦後60有余年、アメリカの核の傘に頼ってきた我が国が相手に「心」を授けるチャンスが到来していることを認識すべきではないかと思考する。

自民、民主の無責任なマニフェストの応酬に明け暮れしている時ではない。

8月30日の選挙日までに日本国民のコンセンサスを統一して、現政府の旗振りのもと、「カルフォルニア労働者を失業から守る」キャンペーンを実施できれば、日米関係はたちどころに良好なものとなること請け合いと思うのだが。

奇しくも本日は敗戦記念日、8月15日、負けてばかりの日本でないと言う気概こそ大切ではないだろうか?

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