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名ゴルファー、ワトソン

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Thomas Sturges Watson(トム・エス・ワトソン)は、1970~1980年の間に8回のメージャー タイトルに優勝、5回も賞金王の栄誉に輝いた、世界有数の名ゴルフプロである。

彼の8回のメージャータイトルのうち、5回は全英オープンでの勝利であることに筆者は注目している。

その他では、マスターズに2回、USオープン1回。しかし不思議にUSプロには優勝の経験がない。したがって厳密な意味での“グランド・スラム”は達成していない。

ワトソンは1949年9月4日、ミズーリ州、カンサスシティーに生まれた。

身長:1.75メートル、体重:79キロ。名門スタンフォード大学卒である。

プロとしてのデヴューは1972年で、今までに、39回の優勝経験がり、日本の公式戦での優勝回数4回、マスターズ制覇は1977と1981年、USオープンの優勝は1982年度、ブリティッシュオープンの優勝、1977,78,79,80,82、と84年度の5回で、これで如何にワトソンがTHE OPENを得意としていたかがわかるというもの。

今年の全英オープンの会場となったスコットランドのタンベリー(Turnberry,Scotland)では1997年に勝っている。そのとき、ワトソンはニクラスとデッドヒートを演じ、戦史に残る名勝負の末、優勝を果たした。彼らは16番までタイであったが、ワトソンは17、18番でニクラスを引き離して勝った。

2009年度の試合では、59歳のヴェテランが最終の直前までファンを楽しませた。

歴史を塗り替える大記録が出るのではと思ったが、18番グリーンでまさかの3パットでStewart Cinkとタイスコアーでプレーオッフを戦い破れた。

しかし、ワトソンの態度には悪びれる様子は微塵も見られず、最後まで全力を出し、若者に優勝を譲った。

筆者がこのたびのワトソンの活躍ぶりをテrヴィで見ていて、どんな事に注目したかを説明したい。

全英オープン選手権は言うまでも無く、[The Open]の名称通り、最古のゴルフ選手権である。

全英オープンは伝統的にリンクス(LINKS)と呼ばれる海岸コースがそのステージに選ばれる。

ゴルフファンなら、リンクスと呼ばれるコースがどんなものかをご存知だろう。それは内陸型のコースと比較して、コンディションが天候(自然現象)によって、その難易度が急変し、夏でも冷たい雨や時にはヒョウにも見舞われることもある“荒野に近い”処である。

ここでは長距離ヒッターが常に有利だとはいえない。

自然状態を味方に出来る選手が有利であり、自分の腕力で勝とうと身構えるプレーヤーはえてして墓穴を掘ってしまうことが多い。

その良い例が、今年のタイガー・ウッド選手。大荒れの天候で風に負けて予選落ちとなっている。

追い風ならそれにボールをどのように乗せて運ぶか、逆風ならば低いボールで風の抵抗を受けない打ち方をしたり、左右に渦を巻くような突風の扱い方を心得ている「老兵」が意外な働きをするケースが多い。

アメリカのコースは最近飛距離を出すものに有利となるように設計され、大半が飛距離優先が基本なので、シニアー入りしたころからワトソンはマスターズ・トーナメントに良い感情を持っていなかったと言われる。

永久シード権を持つため彼は毎年招待されるが、そこではまるで飾り物としか映らない自分の存在が気に入らないのである。

ワトソンは早くから、年齢差に関係なく「技術」がものを言うイギリスのリンクスが自分に向いていると断言している。それは過去の彼の成績が如実に物語っている。(優勝数5回)

地面を転がしてグリーンに乗せ、カッコをかまうことなく“地を這う”ゴルに長けたゴルファーはあまりアメリカにはいないのである。

しかし、ワトソンも人の子であった。最終、72ホール目の優勝のかかったグリーンで3パターしてしまった。それで、プレーオフに敗退したが、後世に語り継がれるべき名勝負の記憶は何百万のファンの語り草となることだろう。

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