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日米離反の危機、沖縄基地問題

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沖縄の米軍基地の去就を巡って、日米間で論議が戦わされている。

アメリカは次第に姿勢を硬化させて現状維持の形で日本に譲歩を求めることになると思われる。

新生民主党は本当の日米の関係を理解していないと思われる。

極東アメリカ軍事基地は100年来、フィリッピンに存在していた。

米西戦争でアメリカはフィリッピンを占拠、それ以来、(1903年)マニラの北西60キロの地点に現在のクラーク空軍基地を維持していた、それは、スービックアメリカ海軍基地とともにアメリカのアジアの戦略的拠点、ヴェトナムのカムラン湾に拠点を持つソ連軍と対峙する冷戦時代の最前基地であり続けた。

偶然にも、ソ連邦が解体する1991年6月、ピナツボ山の大噴火がおこり、基地が使用不能に陥り、マルコス独裁体制後の反米感情の高まりもあり、その時点でアメリカはこれら軍事基地のフィリッピンへの返還を決定した。

それ以来、米軍基地が沖縄に転居してきた。1991年の頃の日本の経済状態を振り返って考えると、日本は所謂「バブル」の最盛期にあった

ピナツボ山噴火は最大級のもので、周辺地の破壊状態から基地の速やかな復元には莫大な費用が必要となり、不況を囲っていたアメリカには荷が重すぎたきらいがあった。

勿論フィリッピンにはそれの復元を担う余力は到底考えられず、経済的に考慮して、日本の了承のもと沖縄に基地移転が決まったと思われる。

ところが、フィリッピンにおいて「基地の返還開発法」が決議され、今ではクラーク基地はスービック基地とともに経済特区となり繁栄している。

クラークは2007年には正式に自由貿易港として発足した。この場所は現在、2州にまたがる4400ヘクタールの自由港と、2万7600ヘクタールの経済特区からなり、大統領直轄のクラーク開発会社(CDC)と、クラーク国債空港公社(CIAC)が分担して開発に当たっている

ここではフィリッピン・セブパシフィック航空、マレーシアのエアーアジアやシンガポールのタイガーエアー、韓国アシアナ航空などの定期便などが発着し、米大手航空貨物、UPSのアジアハブ空港にもなっている。

ここは、東アジアの主要都市を最大3時間半で結ぶ利便性があり、他のマニラのアキノ国債空港を丸ごと移転させることも検討された程広大な場所で、スペース・シャトルの緊急着陸の場所にも考慮されているとも言われている。

さらに現在存在する2本の3200メートルの滑走路に加えて、3本目が増設考慮中とのこと。そこに、ターミナルビルも増設して、来年早々には2階建に改造することが検討されている。

クラーク自由港には、現在388の企業が進出、軍の基地であった頃の2倍以上の約5万500人の雇用を支えている。

進出企業の内、最も多いのがアメリカ企業、日本、韓国の順となっている

CDCではホテル、ゴルフ場といった観光・レジャー施設の開発計画が考えられているが、空港の周辺には空き地が目立ち、本格的商業地には不向きであることは明らかである。

フィリッピンは昔から海外への出稼ぎ者が多いことで知られている。

マニラは沖縄から見て目と鼻のように近い場所である。従って、米軍基地のグアムへの移転を考慮するより、沖縄基地をも含めて、一切をマニラに移転することは充分考慮に入れる価値があるのではないだろうか?

但し、沖縄の人達が本心で、米軍基地の県外への移転を願っているのかどうかは判然としないことが問題だが。

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