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天皇即位20周年祝賀会

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天皇即位20周年式典が昨日執り行われた。これは皇居前広場で開催され、財界や保守系団体などの「奉祝委員会」が11月12日夜、「国民祭典」の名称で派手に挙行されたらしい。

そこでは、特別のステージが設けられて政財界の代表(?)に加え、若い世代に馴染みの深い人気グループ「EXILE」奉祝曲を披露、そこへ、俳優や、歌手、スポーツ選手等が合流して、3万人が挙って会場を盛り上げた。秋元康さんが作詞した組曲「太陽の国」を、激しいダンスとバラードで唄いあげ、会場から“かっこいい”と歓声があがった。(京都新聞)。―これは何処かの共産国のパレードを連想させるー

しかし、ーここからが問題―、このパーフォーマンスが終わると、予定されていた、君が代斉唱と天皇陛下の挨拶前に早々と席を立つ人々が多く見られ、中には、

神奈川県厚木市

から来ていた女性(32)の弁では“エクサイルを目当てに来たのに、よく見えず悔しい、皇室にはあまり興味がない”と会場を去っていった。この場合、若者の大半の目当てはエクサイルのグル-プであったことは明らかで、彼らの大半は「皇室のお出まし」は全くの襲えものでしかなく、主役の天皇陛下のお話を聞かずに帰っていった

年配の参加者の中からは“もっと厳粛な曲がよかった、そぐわない感じがした”と言う意見が多く聞かれ、明らかに昨晩の「天皇在位20周年行事」は失敗作であった。

今回の行事の設立発起人の一人である西沢潤一・上智大特認教授は、永く教育に携わってきた経験から考えると、最近では若い人たちの皇室への関心が低くなっていると嘆いているが、戦後60有余年、日教組の教育に任せて、実際の歴史を教えないできた教育界の重鎮が今更こんなことを嘆いても仕方がないと思うのだが。

国技である相撲の千秋楽では国歌斉唱は当たり前と思われているが、ある小学校の卒業式で学校に会の提案として、国旗の掲揚と国歌斉唱をお願いしたとき(昭和55年頃)筆者の提案に賛成してくれたのは一部の委員のみで、ほとんどの人は式典の最中には立ち上がることもなく、恥をかいたことは今でも忘れられないでいる。

この頃ではアメリカのワールド・シリーズでのパーフォーマンスを真似て、日本でも国歌を唄う歌手が現れたり、サッカー競技では大きな日の丸を振り回したり、バレーボールの国債競技では若い女の子たちが黄色い声を振り絞って「ニッポン、ニッポン」と叫んでいる様子をテレビで見ると、この国が全く“チグハグ”に思えてならない。

冒頭の新聞記事に現れた、天皇即位20周年記念が「保守系団体の奉祝委員会」の企画と説明されているが、これが如何なる団体で、団体代表名も明らかに書かれていないにのは何故だろうか?

ちなみに、天皇は日本独特の名称なので、英語での適当な名称を英和辞書で調べると、それは“Emperor”、従って、天皇=皇帝という論理である。

則ち、日本国は日本帝国の名称で呼ばれても間違いではない。ただ、現在の天皇は国の象徴であって、君臨はしていないと言う意見のあることは周知のことだが。

昨日、奉祝委員会の担当者は、“若い人たちの皇室への関心の低さをなんとか修正しようとして企画したのが今回の祭典であったはず。

exileとは英語で、その意味は、島流し、追放、或いは、流罪と言う意味。

天皇も皇后さまも英語には堪能であらせられる。従って、もし、当日のパーフォーマンスのバンド名をお聞きのなれば、良い感じをもたれないことは確かである。

選りによって、何故そんなバンドに演出の注文をしたのだろうか?

考えようによっては、これは悪意に満ちた企画ともよれる。

日本世論調査会が去る3月に実施したセンサーでは「皇室に関心がない」と答えた国民は、20代では70%、30代で60%、全体平均では43%と言う結果が出ていることは事実。

日本では皇室の存在が国にとって必要と思っていない国民が増えていることは事実であり、今回、社民党と連立を組んだ民主党政府が人心の皇室離れを如何に処理するか、未知数の部分が多い。

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