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民主党の黒幕、小沢一郎のスタンド・プレー

小沢一郎の600人に及ぶ団体の。本日の訪中が既定の行動であったとしたら、昨日までの沖縄嘉手納米軍基地問題や、鳩山首相の数日前までのアメリカに対する曖昧な態度表明も、日本の政治を手中にした小沢外交が米中の狭間でどちらに向いているのか、アメリカにとっては誠に曖昧模糊の気持ちであろう。

東洋独特のエニグマ(enigma)と解釈しているか、日本の反逆ととっているか、どちらにしてもアメリカにとっては気味の悪い、解釈に苦しむような謎めいた日本の対米姿勢と思っているに違いがない。

1126日の韓国のニュースであるが、小沢一郎の訪中予定は決まっていたらしい。又、先月の末に小沢氏はアメリカに短期間滞在したことも判っている。

従ってこれは、突如として、今朝、前触れもなく600人の従者を引き連れて北京に乗り込んだのではなく、予定されていた「小沢使節団」であった。

アメリカ政府に既に“根回し”があった後の行動であったとしたら、そんなに驚くに当たらないのだが・・・・・、

10日、18時のNHKニュースは、かねてよりオバマ大統領が要求していた総額3億ドルの米軍海兵隊のグアム島移転の費用を議会が承認したことを報じた事と、時を同じくして、今後の日米外交協議を無期限に延期したとのホワイトハウス声明があったと聞いた。

小沢氏は、10日は北京にとどまるが、翌日、11日には単独で韓国を訪問するらしい。

中国は多勢で行くが、韓国へは誰も随行しないで単独行動であるところは何故なのだろうか?

最近の民主党の内部での抗争ぶりを聞かされていた筆者のような庶民には、本日の小沢大訪中団の様子に驚かないものはいないのではないだろうか。

これに対して、アメリカとしては、独立国の日本の大経済使節団が、黒幕、小沢一郎の号令一下、共産国家、中国を訪問しても異論を唱える立場にない。

只、筆者としては、アメリカが日本の最近の姿勢を“何かただならぬ事態”といぶかっていることまでは判断できる。

これからのアメリカの対日姿勢に何らかの変化が起こるのではと「気味悪い」心境を持つ筆者の感想を書き残すところで、今日のところは筆を折ることにしたい。

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18歳にして惑わず

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先日、テレビのリポーターが、今年のゴルフの賞金王になった石川瞭君に、今後の抱負を尋ねたところ、「ゴルフは私の人生です」と答えた。

石川選手は、6歳の頃からゴルフの練習を始め、小学4年生の時にはプロを目指していたと言う。

校庭でランニングなどをして足を鍛え、練習場では毎日のように500球のボールを打って技術を磨いたと言うから、最初から普通の子供では出来ないことを積み重ねて腕を磨いてきている。

父親の指導があってこその結果だが、これに就いて自発的に頑張ったことは普通でない少年であった証拠。

勿論、素質と体があってこその結果でもあるのだが、・・・・

コーチ係りの父親の勝美さんは、夕刊フジのインタービューに“私たちは日本ツアーを盛り上げたいのです”と語っているらしい。

筆者は40年ゴルフと遊んで、ようやくハンディ8まで到達したが、「スジ」の悪いものがいくら気張ってもうまくなれるものではないことを身をもって経験している。(辛抱と熱意が足りなかったことは勿論、比較にもならない話!)

石川君を見ていると、タダものでないことはすぐに判る。特に彼のマナーと、人前で、立派に自分の言葉で受け答えが出来、しかも、マナーが立派である。

これは彼が持って生まれた素質なのか、それとも両親の教育のせいなのか、どちらにしても昨今の若者の鏡にしても良いのではないだろうか?

大学に入ってもブラブラして、将来の目標も定まっていない若者が大半のこの頃、ゴルフとはと問われて、すぐさま「私の人生です」とキッパリ、悪びれもせずに言い切ったところに筆者は、これは只者ではないと、体に電流が走ったように震えるものを覚えた。

彼の尊敬しているタイガー・ウッズでさえ失敗した、ゆえに、どうか「女」にだけは気をゆるすことなく、日本のボビー・ジョーンズのような人物になれるように紳士道を貫いて欲しいと願う事しきりである。

太古の頃、孔子でさえ「40歳にして迷わず」と云ったが、石川君はj弱冠18歳にして、将来を見据えている姿勢が眩しく思えた、最近希にみる嬉しくなる話では、と思えた。

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蛍光灯野菜工場

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農業に従事する人手は1960年に1454万人がいたと言われているが、それが2008年になると、208万人と、なんと80%近く減ってしまった。その間の総農家戸数は1960年に比べて58%減の252万戸。

家族で消費する分を生産するなど、小規模な農家を除外すると200万戸w下回ると言う調査結果が出ている。(日経新聞、2009・08・04)

上記の現象と平行して進んだのが、就業者の高齢化。今では就業者の65歳以上が60%を占めている。

元農林水産省幹部の人の話では、“このままで行くと10年後には、60%が75歳を越えると思われ、日本の農業が体をなさなくなる”と言う厳しい予言が聞かれる。

次に農地面積の減少を考えると、ピーク時の191年、609万ヘクタールであったものが、2008年には463万ヘクタールとなっているそうである。(これは、略岩手県の面積)

反対に増えているのが、後継者不在による放棄農地面積で、1975年~現在までで3倍の39万ヘクタールと言う報告がある。

しかし、全てが数量では減少傾向にある反面、全てがそれに比例しているわけでもない。

数字の上では縮みが目立つ日本の農業だが、高い品質や技術を武器として海外市場に進出したり、加工食品のp製造販売、特殊」技術による高品種の産品を手がける農家も増えてきていることも確かである。

特に注目すべきは、土なしで蛍光灯と栄養液を使い屋内で作る「野菜工場」の出現である。これは、完全無農薬、しかも天候に左右されない収穫がなんと言っても魅力で、南極の昭和基地も昨年より導入し出したと言う。農林水産省や経済産業省もこの事業に低利の融資を考慮中と言う明るい話題もある。

ほぼ密閉された室温は一定に保たれ、作物の成長段階にあわせて蛍光灯の点灯時間や、肥料の量を微妙に調整して露地栽培の2倍の速度で成長することが判っている。

人手や大型農機具が不要な上、農耕地(土)が必要ないのだからわが国には最適といえる。

農水省も経産省も「植物工場」の研究会を立ち上げ、霞ヶ関本庁のの1階にモデル・ルームを作ってPRを開始した。

キューピー、カゴメのような食品メーカーも参入する姿勢であり、政府は11年度末までに工場建設費の低利融資や減税でてこ入れを考慮している。

しかしこの種の工場はあくまで小規模であり、今までのところ野菜の種類に限られている。

本格的な農業生産は、やはり大型農地の開拓と機械化による生産性、経済性重視の超近代尿業の創生を考慮しなければ日本の農業の本格的な発展は望めないことは諭を待たない。

農業に限らず、日本の林業も誠に悲観的な状態である。国有林や個人所有林の再生は、農業と同じく、これ以上放置できないと思われる。

全てナイナイずくしの資源な貧弱な日本はこれから国民が総動員して知恵を出し合って救わなければ、どの国も援助はしてくれない。

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アパラチアン山脈

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アメリカがイギリスの植民地であった頃、アパラチア山脈の東側に13州が連邦を組んで独立戦争を戦った。

それまでは植民地人はこの山脈の西は原住民の地と見られ、これよりミシシッピー方面は所謂、未開の「西部」であった。

1776年のアメリカ独立にともない、パイオニアーたちがケンタッキー、テネシー、オハイオに探検を繰り返しながらアメリカの西慚が始まる、これを“マニフェスト・デスティニー”と表現して、アメリカ人が西に向かって進むことは「天命」であるとし、太平洋に向かって進むことが“我々が神より授かった宿命”だと云う思想を作りだした。

アパラチア山脈(Appalachian Mountains)は西部地方のロッキー山脈(Rocky Mountains)とともに、カナダの北端からアメリカ大陸を南に向かって長く延びる山岳地帯を形成している。

その全長は約2600キロに及ぶ大山脈である。アメリカの誕生から、その文明の発達を見守った山脈として、各地には歴史にまつわる話は尽きない。

狭義では、西ヴァージニア(West Virginia,ヴァージニア(Virginia),ケンタッキー(Kentucky,テネシー(Tennessee,ノースカロライナ(North Carolina)等の各州の南側だけをさす場合もある。

この山脈の近辺には美しい山や、森林が各所に見られ、西部開拓の先駆者、ダニエル・ブーン(Daniel Boone,17341820)にまつわる言い伝えが残る地方でもある。

北端はカナダ、ニューファウンドランド島で、そこから北アメリカ大陸の東部を南西方向に縦断、南端はアラバマ州の中央に達する。

又、その裾野はミシシッピー州北西部に達し、個々の山の標高は平均で1000メートル前後で、その最高峰はノース・カロライナのミッチェル山(2037メートル)である。

周辺の国立公園として最も有名なのは“グレート・スモーキー山脈国立公園やシェナンドー国立公園がある。

北部のニューイングランド地方と対象をなす、南部で最も早くから入植の進んだ地方なので、周辺には、ワシントンから始まった、Founding Fathers(アメリカの生みの親)等の生地に近く、観光客が多く訪れるアメリカでの有名な観光地帯である。

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ヒューマニティー

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ヒューマニティー(Humanity)はアメリカ人が好んで用いる言葉である。ほぼ博愛、人情、人間性をさす言葉だが、西洋では15世紀、ルネサンスの頃より盛んに使われる表現となったように思う。

勿論、キリスト教、イスラム恭、仏教間では解釈の仕方が違っているかも知れないが、人間が人間的行為を為す場合、その根底となる考え方は下等動物とは違っていて当然である。

今では俗に言う“9.11事件”では多くのイノセントなアメリカの旅客が、イスラムの過激派の暴挙で、ニューヨークのウオールド・トレード・センター、ワシントンのアメリカ国防省の中枢のペンタゴンに飛行機ごと突っ込んで死亡した。彼らはあわよくば、ホワイトハウスにも自爆を強行しようとしていた。

これは“真珠湾事件”とは違った意味で、アメリカ国民の敵愾心を煽りたて、結果的に、イラク進攻にまで戦火が広がってしまった。

ブッシュ大統領はアメリカ人のヒューマニティーに訴えて、「聖戦」を起こし、それが世界を巻き込む事件にまで拡大している。

昨日、オバマ大統領はアフガニスタンに、今後、さらに3万人のアメリカ兵を投入する決心を国民に訴えて、アメリカ中が争論で沸き返っている。イギリスでも、ドイツでも、北欧諸国でもそれぞれ国の分相応の派兵を約束している。ヨーロッパ中が「テロ」を人類の共通の敵とみなして、自国民が血を流してでも協力の姿勢をとっているが、日本はこれに対して至って曖昧な態度に終始していることは情けない思いである。

そこでわが日本の問題だが、1977年9月、日航機472便がバングラディッシュのダッカにて日本赤軍のメンバーにハイジャックされて、身代金、600万ドルと日本で服役中の同士9名の釈放を要求される事件が起こった。その当時の首相、福田赳夫氏が彼らの要求に屈服して、「人命は地球より思い」と釈明、赤軍派の要求に応じて、事件が落着した。

これが日本のヒューマニティーの真髄だとすれば、誠に情けない!

人命は地球より重いという理由で犯罪を赦せば、今後も、同じことの繰り返しになりはしないだろうか?

人道は重んずるが、邪悪は決して赦されないという断固たる姿勢が保てないのが日本の弱点の一つであり、これは世界中で既に知れ亘っている。

前書きが少々長くなってしまったが、沖縄米軍基地問題がここまでよじれてしまった原因も日本独特の優柔不断な姿勢に根ざしていると筆者は確信する。

小沢一郎率いる民主党は自己の策に溺れて苦難中である。

鳩山首相、岡田外相は単なる小沢の代弁者に過ぎない。今回の衆議院選挙での民主党の勝利は、何も民主党の論理が正しいのではなく、小沢一郎の選挙戦略が自民、公明両党のものより民衆の心理をよりうまく利用できたからに過ぎない。

特に社民党を引き込んで、連合や日教組の票の獲得に成功しただけのこと。

民社党の女性党首は昨日、もし民主党が沖縄基地問題でアメリカ案に従えば「連立」を離脱するとまで公言した。

これは何を意味するかは、小沢民主党が来年の参院選挙まで社民党とは離れられないことを見越しての発言であることは明らか。

今年の国会は既に閉会してしまった。鳩山首相は、これ以上、野党(特に自民)と論戦を戦わす気力を失ってしまっている。

自己にまつわる不正選挙資金問題、景気問題、膨大な国債発行と税収不足、公務員改革の失敗、数えればきりがないほど問題山積。

しかし、何より今、鳩山氏が熟慮しなければならないのは、対米問題と対外貢献問題である。

国家存亡の危機にある日本の舵取りを間違えば、国が滅びると憂慮されたい。

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東トルキスタン共和国の現状

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東トルキスタンと云う国家をご存知だろうか?

これは“マグマ!Q&A”ブログに紹介されちた話だが、「最近、池袋を歩いていたところ、東トルキスタンという国のヒトからビラを渡された」と云う。そこには“戦後中国がその国を侵略し、植民地支配、民衆を奴隷のように使役している”と書かれていたとのことで、今時、他民族の人間を奴隷のように使役している国が存在するのかと驚いている。

しかし、この事実が日本で報道管制がひかれているらしく、公表できない、と言うが本当だろうか。

そこで、グーグルの情報を調べると、この名の国は存在することが判った。第一次建国は1933年

~1934年、第二次、1944年~1949年。その所在はタリム盆地の西南部だが、その存在は不安定

そのもの。

もともとは親ソの宗教指導者アリー・ハーン・トラと言う人物とグルジャの名家出身の有力者アキムベク・ホージャが副主席に就任、モスリム社会の上層部が積極的に後押しして出来上がったらしいが、実際はソ連国籍のロシア人が実見を掌握していた。

1949年に中国共産党が内戦を制して新疆を接収した。毛沢東は早速イリ政府に書簡を送り北京にイリの首脳陣を招いたといわれているが、不思議に彼らの乗っていた飛行機がソ連領内で消息を絶ち混乱が生じた。イリ政府は早速残されたメンバーの主だった人物を北京に差し向け、そこで、中国共産党への服従を制約させられた。

けっかとして、人民解放軍が新疆全域を掌握、東トルキスタンは中京に統合された。

従って従来の東トルキスタン共和国と言う名称は消滅したことになる。(東トルキスタン共和国国旗参照)

“マグマ!Q&A”にもどると、中国は多数の少数民族国家を抱えているが、それらの民族たちの、上海や香港などの海岸都市への移住を禁止していると言う、彼らの賃金は極端に安く、むやみに反抗を試みると必ず鎮圧される。

しかし、これまでの永い「支那」の歴史を顧みると、王朝が滅びるときは必ず「下刳上」、農民一揆のような凄惨な革命によることが常で、現代の共産党一党支配も一種の過去の王朝と見られないこともない。

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トラのシッポを踏みそうな民主党外交

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筆者は瓦解してゆく新生民主党を見るに忍びない気持ちである。

筆者は以前に、日本をつぶすには刃物は不要だと書いたことがあったが、このまま民主党の対米姿勢が革まなければ、再び突如、アメリカ発信の経済政策に悩まされ、孤立無援国家の日本に戻る気配濃厚と心配する

民主、社民、日本新党連立内閣、村山社会、自民連立内閣をつなぎ合わせて考えると、アメリカの対日不信の姿勢の根拠がわかってくる。

そこには村山社会党内閣の出現と、共産国家への謝罪外交が始り、日本の反米姿勢が鮮明に打ち出されたことが意味をもっていると考えるのだが・・・・・

神戸地震は天然現象で防ぎようもなかったのであるが、何故、日本円が突如として対ドル80円を割ったかを考える必要がある。

この年には日本円が対ドル79円をつけた年でもあり、日本はバブル崩壊後、最悪の経済不況に突入したのである。

筆者は1995年と言う年を決して忘れない。それは阪神淡路大地震の起きた年であるが、社会党の村山富吉氏が総理大臣に就任した年でもあった。

しかし世界が1945年の情勢で静止しているのであれば、日本の憲法も変更する必要もないが、それから既に65年経過している、(日露戦争と第二次世界戦争終結の間は40年)、その間の世界の変化がどんなに激しかったかは説明するまでもない。

戦後、日本は未来永劫戦争ご法度となった。これを憲法に明記させられ、そのことが第九条に述べられている。

日米安保は何故調印成立したかを考えるとき、アメリカ側の考えとして、朝鮮戦争後、共産国家、ソ連と中国の進出を日本で食い止める、防衛線として日本をアメリカの支配下に止め置く契約を意味するもので、一見、アメリカの核の傘で日本を助けるための「保険」のように考え勝ちだが、もう一歩、深く考えれば、日本こそがアメリカの前線拠点としてアメリカの安全にとって必要な場所と思えばよりわかり易いと思える。

日米安保で左派党と学生の暴動で、岸内閣の頃だと記憶するが、アイゼンハウアー大統領が訪日を諦めたことがあった。

筆者は、これまでにも、アメリカは感覚的に、決して、沖縄はおろか、日本占領を諦めていないことを強調してきたが、遂にここに来て“トラの尻尾を踏んづけた”ように思える。

戦後、我が国はアメリカに頼って金持ち国家になれたことを民主党は忘れていたのではないだろうか?

これは小沢一郎の「操り人形劇座」の始まりであったが、どうも、これが目出度く千秋楽を迎えるまでにはならない気がするのである。

見渡したところ、何一つとして選挙前の民主党の掲げていた「マニフェスト」が守れていない現実、敗戦後初めての国債再発行が税収を上回る現実、大不況とデフレの始まりが見えてきたように感じる。

先程の衆議院選挙で票集めのため社民党と連立を組んで大勝したが、2~3ヶ月で策におぼれた形が日を追う毎に鮮明になりつつある。

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巨大なアメリカの貨物鉄道網

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ウオーレン・バフェット(Warren Buffett)、アメリカで株式の長期保有で財をなした投資家として最も有名な人物である。

フォーブスの長者番付けでも、毎年のようにマイクロソフトのビル・ゲーツとともに、アメリカの億万長者の双璧として紹介されている。

バフェット氏は1930年生まれ、ネブラスカ大学を経て、コロンビア大学のビジネス・スクールで博士号を取得した。

大学在籍中に1万ドルを株式に投資、それが50年後には300億ドル(約3兆円)に増えたことが話題となった。

グーグルで調べたところでは、彼の投資した会社は、全て一流ばかりで、例えば、コカコーラー、ジレット、ウオールト・ディズニー、アメリカンエクスプレス、ブラウン、ワシントン・ポストと言う名門会社ばかりである。

つまり、彼は常に王道を全うした、オーソドックスな投資家であったことがわかる。

アメリカでの投資家の正統派は、日本と違って、配当性向を重んじて、ボロ株には手を出したがらない。

結果的に判断してバフェット氏も優良会社に投資して、辛抱強く稼いだのではないかと思われる。

株式投資に就いてのバフェット氏の数々の語録を読んでも、人柄がにじみ出ているものが多い。

ところが、今年、2月27日、彼の所有になる保険会社「バークシャー・ハザウエー」の2008年度の決算が1965年以来、最悪のものとなることを告白している。

それは昨年度に始まった、サブプライムローンの及ぼした影響がいかに大きかったかを物語っていることを想起させる。

最近のバフェット氏の経済活動のめぼしい事柄と言えば、以外にも、斜陽産業の代名詞のように扱われていた「貨物鉄道」の事業である。

アメリカの鉄道は総延長、ほぼ3万キロに及ぶ世界有数の巨大産業であったが、1920年代以降、自動車産業の勃興から次第に衰退し、さらに、1950年代になり旅客飛行機に大半の客を奪われるに至って、息の根を絶たれたような有様が永く続いていた。

19世紀の半ば、南北戦争を契機として鉄道が敷かれた。その建設に最も功績を果たしたのが、チープ・レーバーとして雇われた中国人であった。

オバマ大統領も将来のアメリカでの高速鉄道計画を公表しているが、このたびのバッフェト氏の投資の主目的は貨物輸送網事業である。

BNSF,(Burlington Northern and Santa Fe Railway)はテキサス州フォートウオースに本社を置く、アメリカで最大の貨物鉄道の一つである。

バフェット氏の会社は既にBNSFの株式の22.6%を所有していたが、このたび、77.4%を260億ドル(2兆3000億円)で取得、100%子会社とした。

終局的にバークシャーの投資額は340億ドル、会社創業以来の最大投資となると報じられている。

バフェット氏によると「米国の将来の繁栄は、効率的で、よく管理された鉄道システムを持てるかどうかにかかっている」とのこと。

投資の大博士の見立てによることから、アメリカの鉄道、特に貨物鉄道は将来性があるということである。

19世紀には考えも付かなかった冷房施設を備えた鉄道輸送には確かに夢があると筆者も同感である。

日本の場合も只、旅客列車の速さを競うビジネスよりも、安全で無公害に近い鉄道と、貨物トラックを組み合わせた物資の輸送網の充実が必ず日の目を見る時が到来すると予想する。

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水田の再利用

日本の稲作は田畑に水をためて育てるため、稲の生えるところには水が蓄えられている。これはいわば、「水源」の役目を担っている、潜在的ダムと言ってよい。

アメリカの南西部地帯を飛行機で飛んでいると、眼下に巨大な円形の畑が多く見られる。これは地下水を利用して農作物に水を散布するために作られた耕作地である。南西部は降雨量が少ないために考案された、いわば苦肉の策である。この地方のアメリカの農業は地下水利用型の農業であることが判る。しかし、最近では至る所で水が枯渇して窮地に陥っているところが多いと聞く。オーストラリアの農業も雨量の不足から農業に深刻な問題が生じている。

正直なところ、最近まで筆者も「水田」の存在価値には頓着しなかったが、言われてみるとなるほどと感じるようになった次弟。日本は世界でも有数の多雨地帯であることに注目すべきであり、高緯度にありながら平均気温はセミ熱帯のものに近い。

筆者も以前、「ダム」の必然性に注目し、降雨を有効に利用するには人工的にコンクリートでダムを作り、雨水を直接海に流れ込むことを防ぐため、ダムでもって飲料水、工業用水を貯水することに賛意を表していたが、稲作水田の果たす役目に注目、たとえ稲を作らなくとも、現存する「水田」を枯渇させることなく保存することで渇水対策になるのではと考えるようになった。

例えば、四国地方は降雨の少ない年には、必ずといって良いほど水不足に悩まされている。従って、このような地形の地方は他に多く存在するはずである。

国家の事業として、使わなくなった、「カっての水田」を保存して、第二のダムとして利用することで果たしてどれだけ渇水対策に役立つかを試策することもあながち無駄ではないと思うのだが?

水田には必ず灌漑用水が流れ込むようになっている、従って、改めて工事をする必要もない。そこでコメを栽培しないで養魚場やハス栽培等知恵を絞ればまだまだ可能性は発掘できるはずである。

このような事業を地方自治体のプロジェクトとして取り上げ、離村地帯の活性化対策に活用するアイディアーは如何なものだろうか?

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