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英語後進国は願い下げ

私の周りにも“自分は英語は苦手でね”と言って、あたかも自慢しているように言い捨てる友達が沢山いる。

なにもそんなことは自慢にならない!

英語は今や世界の標準語、それがわからなければ、今後、「首がないに近い」人間になってしまう事を恐れるべきと思うのだが。

日本の外交下手は多くの場合「語学力」にあることは明らか。

東南アジアの比較的文明後発国の人達は自分たちが将来出世して身を立てて行こうとすれば、先ず英語力をつけることから考えるのが普通。

それは何故か? フランス語、ドイツ語でも近代科学や法律、経済を学べるが、何といっても、20世紀以後では英語で出版された研究資料が圧倒的に多いのと、英語人口が他の言葉に比較して数が多いからだと思う。

それでは何故日本人が英語や外国語を学ぼうとしないかと言えば、明治以来、多くの西洋文明の源が既に日本語に翻訳され、出版され、誰でも手に入れることが出来るから、わざわざ原書を紐どいて学ぶことが少ないからだと私は思っている。

それに加えて、昔から“沈黙は金”と言う下らない標語を教え込まれて、黙っているほうが人間は奥が深い素質と信じこんでいる古い型の人口が大勢をしめているのではないか?

“発言しなければその人が何を考えているのか判らない”と考えるのが西洋的思想であり、表現力のうまい人程、尊敬され、歓迎されることを我々は知るべきではないかと考える。

永い鎖国の時代に外から入ってくる人間を“南蛮”とののしり付き合おうとしなかったのも悪いが、子供の頃から人の前でシャベルことを教育しなかった文部省にも責任がある。

他の国では、自己表現の必要性を教えるが、日本では人前で手を上げてこぞって話をすることが奨励されず、かえって何も言わないほうが奥ゆかしい人間と思われがちな、西洋人から言えばSHYな人間が我が国には多いのも英語力の未発達を助長した原因であったと思う。

IDIOMといえば“平用語”、英語を母国語とする国にあっては普段学校では教えないものだが、異国人のとっては、これは必須である。

英語圏の国ではIDIOM(イディオム)は教える必要もない、いわば「普段語」であるから、敢えて教えることもないものである。

しかし、我が国で「英会話」を学ぶときに一番大切なのは、このイディオムが大半を占める。

イディオムと同じく覚える必要があるのが動詞、名詞等を修飾する「前置詞」。

逆に言えば、これらイディオムと前置詞それに簡単な「諺」を覚えていると自分の英語力に自信が出来る。

さらに、付け加えれば、イントネーションと適当なアクセントの発音であろう。

これが不適切であると語学ができても自分の意思が相手に伝わらないと言うことになる。

特にアクセントを何処に置くかで意味が違ってくる単語が多いことに注意。

あれや、これやで外国語を本当に身につけることは至難の業だと思うのだが、かっての宮沢総理が英語通と言われながらあの程度なのだからあまり気にしなくても良い。

明治時代では金子堅太郎男爵というアメリカ通の人物がいて、日露戦争の最中にアメリカを駆け回って盛んに日本を売り込んだ。ハーバード大学で当時の大統領、テェオドア・ルーズヴェルトと同級であった関係で一躍有名になり、かの有名なカーネギー・ホールに何百人を前に演説をした人でもあった。

その録音は残っていないので、金子氏の英語がどんなものであったかはわかる術もないが、それから100年も経過しても、そんな事の出来る日本の政治家は出現していないことは残念至極である。

これは、日本人のもって生まれた性質でもあるのだが、押しなべて、付き合い=社交性に欠けることは確かである。

料亭やお茶屋社交が一般で、友人や知り合いを家庭にてもてなすことの少ない日本人の生活パターンは万国共通ではない。

しかしながら、これからの若者は昔人間よりずっと前向きなところがあり、進取な気性さえあれば次第に外国語下手もなくなるのではないかと希望したい。

「思い立ったが吉日」と思い、手の届く中学生英語の基礎にもどって学びなをすことに励みたいと思う次第。

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