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売れ残り食糧品のリサイクル

消費者が毎日のように利用するスーパーやコンビニの食糧品売り場、ここで販売されている生鮮食料品が売れ残ったら何処で処分されているのか誰でも疑問に思うことである

食べ物でなければ、処分に当たって全損にはならないが、食べ物では同じようには考えられない。

経営者にとって売れ残りを上手に活用して別の段階で利益を上げることに知恵を働かすことは必要である。

セブン&ホールディングスは循環(リサイクル)=売れ残り処分―を活用して全国展開の農業に乗り出すことの記事を日経新聞(2010・05・18)に見た。

イトーヨーカ堂は全国の約60店舗で、年間約7800トンの食品ごみをリサイクルしている。その率は全店ベースで現在30%と云われる。

売り場で集めた食品ゴミを堆肥にして、直営提携農場に供給、そこから生産された農作物を自社ブランドで販売する計画。

7月には農業事業の統括会社が各地の農場と外部の肥料工場、店舗をつなぐリサイクル網を構築する計画を発表した。

今後3年で全国10地区にリサイクル網を設け、環境問題や食の安心・安全問題に配慮する姿勢を示したかたち

この度上記の目的で全国出資のセブンファーム(東京・千代田区)を設立する。この組織の傘下に地元の農協などが参加する農業生産法人と、地域の有力な生産者グループと共同出資の事業会社をおく。

事業会社は提携農場の管理や、農作物の調達・販売を手掛ける。

新会社は各地の店舗から排出される食品ゴミの収拾網を整備して提携肥料工場に送り、農場で使う肥料を調達する。

農場は原則、堆肥の全量をリサイクルで賄う。

21010年7月には神奈川県三浦市、茨城県築西市に事業会社を設立、年内に埼玉県に新農場を開設する計画。

2008年に設立した千葉県富里市の農業生産法人の直営農場に加え、農場は首都圏4か所で約50ヘクタールになる。これを全国10か所に広げれば70ヘクタール超の農場の完成をみる。

農場ではニンジン、キャベツ等約20品目の野菜を生産、「セブンファーム」と云う統一ロゴを印刷した包装で専用コーナーを設けて販売する計画らしい。

先ず初めは首都圏80店舗で販売して現在の売上高1000億円のかさ上げを狙う。

既に述べた計画通り、3年後に全国に10か所のリサイクル型の農場が出来れば現在の食品リサイクル法の歩留まり45%が達成出来る見通し。

筆者はこのイトーヨーカの計画は無駄を再利用して、同時に食品衛生法の見地から見て将来を見越したスバラシイものと思っている。

日本には数々のスーパーや生鮮食品を手掛ける販売会社が各地にある。

どの店舗に於いても“売れ残り食品”の処分には同じ悩みを抱えていることは明らかである。

然らば、この問題、「売れ残り食品リサイクル」に絞った事業会社ができないものか?

お互いに企業秘密がありライバルから手の中を知られて困ることがあって合同出資の形の実現は難しい、しかし、この通りとは行かない迄も、法的援助の形で”売れ残り食品管理システム”が国家主導で実現出来れば尚更、スバラシーし。

これは更には雇用の創生にもつながる一石二鳥の政策と考えるのだが。

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明治天皇の東京遷都草稿発見

「明治天皇の東京遷都詔勅の草稿発見」の記事は写真入りで本日多くの新聞のトップ・ページを飾った。

これが明治天皇の直筆かどうかは定かでないが、奈良大の佐々木克教授は、広島県甘日市「海の見える杜美術館」にて、岩倉具視関連文書の中から、後年表装されたこの「東京遷都の詔」の草案を発見した。

これは考古学的にも大変重要な発見で、もしこれが真物であるとすれば何らかの方法で、今後は「国」が所蔵して永久保存すべきものであると思われる。(筆者の意見)

筆者はこの文書はただの古文書ではなく重要な日本の公的記録と見なされるべきだと思う。ーアメリカで云えば独立宣言公文書の草案に等しい。ー

この草案には日付がないが、明らかに1868年(明治元年)に実施された東京遷都以前に書かれたことは確かである。

これには、天皇が政務にあたることを述べると同時に、江戸は今後「東京」と称し、その地に自らが臨んで統治するとしたことが書かれている。

この古文書グループの出所は明らかにされないが、この詔の他に、新政府閣僚に対して、この案文についての意見具申の回覧文書が発見されたことから考えて明治天皇が直々に持ち回りにてこの重大な決定に際して臣下の意見を糺したことが判る

ここからは筆者の推理だが、①明治天皇はその時では戦火に明け暮れする古都に嫌気がしていた。②アメリカ東インド艦隊提督マシュー・ペリーの来航から15年経過していた時、西海の彼方では清国が欧米列強に正に袋たたきに会っている現状から、今後は内陸の京都より開けた海と港を有する江戸が首都としてふさわしいと感じた。③江戸城は京都御所に比べて、さすがに武士が英知を集めて立てただけあって、戦火を避けるには遥かに優れていたと判断したと同時に、今後西洋からの使節に謁見するにも適していると判断した。④江戸は京都に比べて気候的にも住みやすい。⑤これまでのしがらみをあっさりと忘れられる、云わば“転地療法”的趣旨があったのでは?と想像する。

江戸遷都に際しては、公家や藩士から選ばれた議定だけでなく、後藤象二郎ら藩士出身の参与も回覧先となっており、策定過程で意見を出す機会があったことが判明した。(京都新聞)

ここに関白や公家の上位の臣下しか関与が許されなかった此れまでの詔とは違って、無位無官の者までを加えて、京都にいた政府首脳全員の衆議で詔書が作成された過程を実見することが出来、明治維新の基本精神が見られる貴重な文書であると思考する。

今回見出された文書の中には、西郷隆盛の朝鮮派遣の是非を巡って起きた征韓論政変(1873年)の直前に、三条実美が岩倉具視に送った書状も含まれており、日本の近代史研究の第一級資料満載の感がある。

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非常識な中国

ところはトロモチョ山、将来世界有数の銅山になると宿望されている場所、その推定埋蔵量20億トンと云われている。

ペルーの首都リマからアンデスに入った赤道のほぼ真下、標高5200メートルの山岳地帯なので気温は零度に近く、又空気も薄い場所である。

そこに最近中国が目を付けた。

彼らの計画では、2012年に採掘を始めるらしい。

山頂から順に32年かけて露天掘りで山を切り崩すと云う自然破壊。聞いただけで」無頓着な無節操な計画と映る。

32年かけて採掘が終了する頃には山全体が姿を消し、それに代わって大きな穴が残されると想定される。

これは本日(2010年5月16日)産経新聞“巨竜むさぼる”中国式「資源」獲得術第4部“親住民”の虚実①の記事である。

これを読んで驚いた事は32年後に標高5200メートルの巨大な山が地球の表面から姿を消すと云うこと。

チナルコ・ペルー社現地事務所広報担当者ペドロ・サラザール氏の説明以下の通り。

中国の拠出金は採掘開始(2012年)迄に正規、間接雇用合計で約1万人、ペルー政府は税金として総額76億ドル(約3500億円)を受け取り、地元の県の収入は38億ドル(約3500億円)とキングスミル浄水場の新設である。

これまでヤウリ河支流の水質は付近の鉱山から出る水で粘土が混入して濃い黄土色となり、多くの家畜がその水を飲んで死んだらしい

しかし現地の人は新しい浄水場が出来ることで暮らしが楽になると喜んでいるとの事。1

1930年代にアメリカ系鉱山会社によって浄水場に通じるトンネルが掘られたが、1970年代の社会主義政権により国有化、以後放置されて久しいとの話。

リマ大学で政治学を教えた経験があると云うサルエント氏は、

“そこえ中国がやって来た。欧米式の資本主義も、その後の社会主義も出来なかったことを今、中国が初めて実現させている、すごいと思う”と感慨気に述べているとか。

こんなことを世界は放置してよいとは到底思えない!

中国は本国、西南部の四川省に15か所を超えるダムを建設して下流のメコン河に渇水を引き起こし、ヴェトナムをはじめカってのフレンチ・インドシナ各国に甚大な被害

自国に造成した巨大ダム(長江ダム)は各所で予想しなかった規模の弊害を引き起こしていると聞く。

自然の形を変えてまで自国の利益のみを追求し、真剣に将来に配慮をしない姿勢は断じて許せるものではない。

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アメリカこぼれ話

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筆者はアメリカと云う国家に興味を抱いている。

アメリカは実に面白い国であると云う単純な理由からであり、単一民族の日本人から見て実に不可解だからである

例えばJ.F.ケネディの暗殺事件を取って見ても未だに解決されずに謎に包まれたまま放置されているように思える。

この事件は1963年11月22日テキサス州、ダラスの市中で白昼、多くの観衆が見守る中で起こっている。即日、それがオスワルドと云う一見無教育なソ連信奉者の単独犯の仕業と断定されてしまったが、使われた弾丸の数からして明らかに複数犯の仕業だと判る

ケネディーは民主党員であり、アイルランド系アメリカ人で、しかもカトリック信者であった。

普通のアメリカ人ならこれだけ聞いただけで、この事件の背後には人種的問題があるのではと疑問を持つ筈である。

しかもこの事件が南部のテキサス州のジョンソン副大統領の地元で起こっている。テキサスと云えば白人優越主義者グループのメッカのようなところで、プロテスタントのクリスチャン(W.A.S.P)の多く住んでいる州である

ケネディーはカトリックであり、それだけで白い目で見られても不思議ではない。

その頃アメリカはキューバ問題でソ連邦と政治的に微妙に緊張していた。

それで暗殺事件が起こり、オアスワルドと云う、CIAがかねてより追いかけまわしていた人物を真犯人と当てはめ、一件落着で幕を下ろした。

アメリカは心底白人至上主義のお国がらであるが、人種問題は表向きには語られないのが普通で、それが教育を受けたエリートの白人(アングロサクソン・プロテスタントグループ)の良識だからである。

アメリカ人の特徴の一つとして、やたらと記録や縁起にこだわる節がある。

その一つとして有名なのが、ケネディーとリンカーンの対比である。

これらは全くの偶然の一致なのだが、ただの偶然の一致として片づけられない 程似ているところがアメリカ的であるから紹介する

  二人とも金曜日に妻の目前で暗殺された。②リンカーンは1860年、ケネディーは100年後の1960年に大統領に選らばれた。③議員に選ばれたのはリンカーン1847年、ケネディー1947年。(100年後)④二人とも後継者大統領はジョンソンでこれら二人のジンソンは1808年生まれと、1908年生まれの100年後。⑤リンカ^-ンの暗殺者ブースの生まれ年が1839年、ケネディーを殺したとされるオスワルドは1939年生まれ。(100年後)⑥これら二人の犯人とも裁判の前に暗殺された。⑦リンカーンの秘書はケネディー、ケネディーの秘書の名はリンカーンであった。

以上の事実はただの偶然だった事が不思議!

これはこれまでに知れ渡ったている周知のお話。

次回はバラク。オバマに注目したいと思っている。

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小沢民主党と日本の将来

日経新聞(2010・05・16)“風見鶏”欄で小沢民主党政策がタイ国“タクシン派”の政治姿勢に酷似していることを指摘している。

バンコックでは現在タクシン元首相を支持する赤シャツの反政府デモ隊と治安部隊が衝突し、大混乱が起こっている。

保守的な大方の見方ではタクシン派が勝てばタイ社会は崩壊するとの考えが多数である。

そこで日経は小沢一郎氏とタクシン氏の政治姿勢に類似点が多いと指摘、以下のように分析する。

①二人とも強い個性で反対党と対立、反エリート的雰囲気、独裁的手法も共通点

②皇室。王室に対する姿勢で小沢氏は翌近平中国副主席と天皇との会見を巡って宮内庁と対立、反皇室的と批判されている。その点タクシンもメディアから凡王室的と断定された。

③離米、親中の外交姿勢では両者共通

④農村重視の姿勢もお互いに近似点がある。

以上を主な両者の政治姿勢の共通点と指摘しているが、筆者はさらに、小沢一郎氏に関しては普段から個人的なスタンドプレイが目立ち、自分の年齢を考えてか、ここに至って、母国の将来よりも自己の将来を重視する事を決意したと感じている。

小沢氏の過去の経歴を見ても判る通り、彼は社会主義者では決してなかった筈である。しかるに今回の衆院選に際して民主党の取った戦略は、社民党や日教組の組織票を集約して勝利した。

選挙後彼の取った行動を見ても、驚くなかれ、彼は一年生議員百名超を引き連れて北京を訪問、胡金涛主席と握手させた。

それから約10日後、今度は禁を破って宮内庁に翌近平次期中国主席と天皇との会見を強引に決めた。

これは小沢一郎の存在の誇示と断定出来る。その時点で選挙に勝利してあたかも天下を取ったと錯誤、自分を失っていた瞬間ではなかったか?

政治資金規正法違反事件でも選挙以前に物議を醸したことを憂慮して首相と総裁のポストを鳩山氏に渡したが、選挙戦を勝利した時からまるで人が変わったように弾圧的姿勢が目に付くようになった。 筆者が最も憂慮することは、小沢一郎氏が自分の存在を国家の存在に優先して考えている点にある。

前述したように小沢氏は左派的思想家ではなかった事は日本の政治に関心を持つひとなら判っている事である。

それにも関らず今回の選挙ではアメリカ軽視、中国重視、又は日教組や連合に加担して民心をだました結果に終わった。

現に実現不可能なマニフェストを掲げて選挙戦に勝ったが、今になってみればすべて公約したことが「実現不可能」となっている事実をみると、ここでも国民を欺いた結果になっている。

即ち、小沢民主党の戦略は昨年の選挙に勝つこと以外には「思想ゼロ」。7月の参院選にむけて今度はスポーツ選手や大衆に知名度がある素人をAt Randomに招集して、ここでも選挙戦で勝利すること以外は眼中にないと思われる。

筆者は事ここに至って日本国の将来を真剣に考える政党の出現を宿望する以外に夢を失ったと思っている。

今、日本の近辺に何が起こっているのかを見渡すことが肝心である。

タイ国のタクシン派が一体何を目指しているのか?日本のメディアはこの点に関して何故沈黙を守っているのか?

近年、東南アジア近辺で起きた事件をつなぎ合わせると不思議にもすべてが中国に繋がっていることがハッキリと判る。

ネパール国王の退任、スリランカの政変、ミヤンマーでの軍事政権の存続らはその背後に中国が存在したから実現した、或いは存続中の現象と思える。

インドもパキスタンも、中東、アフリカの多くの国が思想的に或いは経済的に中国の影響をうけている事実を日本の政治家はどのように思っているのか。

タイは現状がこのまま収まらなければ国が滅びると憂慮する人が多い。

最後に、小沢一郎氏はカって、“日本に必要なのはアメリカの第7艦隊だけだ”と言明したことがある。アメリカはこの意味をどのように解釈しているのかは不明である。

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狙いは中国女性

日本は今こそアジアでの贅沢にあこがれている大衆を目指して商売する絶好のチャンスに遭遇した。

日本人が戦争に負けて失望のどん底にあった時に天から降って湧いたように起こったのが朝鮮戦争であった(1950年)。

その時アメリカは日本を前線基地のように使って空前の「産業需要」を与えてくれた。

当時のアメリカ軍の規模は計り知れないが、多くのG..がやってきて日本中の物が売れに売れた頃を思い出す。

ロッキード事件で田中角栄と共に有罪となった小佐野賢治も朝鮮戦争を契機として富豪と云われる存在となった一人である。

それはともかく、この3月決算で好成績を計上した産業の中に、例えば、ヤクルトや資生堂がある。

産業規模として十指にも入らないだろうが、そのどちらもが女性の思考にかなった製品を作っている。女の欲望の一つに美容対策があるからである。

女の嗜好は古今東西を問わず永遠に変わらない。

永く中国に住んでいた筆者の義弟が帰国するたびにお土産として買って帰った物に資生堂の商品があった。

彼に云わせると資生堂の化粧品は中国で一番好まれるもので、彼地ではアコガレの商品だと常に云っていた。

はたして昨今、余裕ができたが肌の悩みを抱えた中国女性が資生堂の乳液やファンデーションを買いだした。

女性の自己主張は美貌であり、個々の美しい姿である。

従って化粧品は女の武器と云っても過言ではないだろう。

中国にとどまらず経済成長で可処分所得が増えたインドネシアなどでヤクルトが受けている。

乳酸飲料事業を展開するヤクルトにとって大きな好機がやってきた。それで急拡大する需要を逃さない為に中国で3番目となる工場の建設に着手した。

女性下着の専門メーカー、ワコールも既に進出済みだ。

中国では北京、上海などが飽和状態になりつつある中、資生堂は新ブランドを投入して、急速に発展している内陸部の四川省に新店舗を開いた。

それに対して、国内では大手の百貨店がデフレの続く中永く不況から脱出できないでいる。

他の業界を見渡しても、値下げ競争激化で同業者がつぶし会いをしているのが現状である。

いくら国民が裕福に暮らしていても、ニュージーランド(人口、400万以下)やオーストラリア(人口約1000万)らは貿易相手国にはならない。やはり、購買力を持った人口大国の中間層がターゲットとして魅力である。

ギリシャ危機でユーロ経済圏も今や嵐の中にあり、南北アメリカも繁栄しているとは聞いていない現状では、暫く全世界は中国に期待せざるをえない。

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中国での土地所有

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“中国都市住宅に課税強化”の見出しを日経の5月14日の一面記事に発見した。

共産国家で土地の個人所有ははたして如何なるものかと、以下同記事を紹介すると、・・・・上海市は中国で初めて固定資産

都市部では富裕層が複数の物件を保有するなど不動産投資が過熱していることは既に耳にしていたが、ここに来て政府が市場の鎮静化を目的に売却益に対して20~50%程度の税金を徴収するらしい。

これまでに中国では取得税や売却課税はあったらしいが、それは取得額、売却益の数パーセントにとどまっていた。

この法律が導入されれば今後の不動産取引に深刻な影響が及ぶことを関係者は心配している。

筆者はこれを読んでグーグルで中国不動産のシステムについて検索を試みたところ、これまで地方政府は不動産価格の上昇を歳入の関係から歓迎して、黙認していたと云う情報に驚いてしまった。

これは売買額に応じて地方財政に影響があるかららしい。

現にこれまで地方都市の収入の約3割が不動産関連からの収入であった

1988年の憲法改正で「土地使用権」と云う権利が認められてから、不動産が個々人の所有物と云う同じ意味合いで売買できるようになったことが近年の高騰の理由らしい。

よく吟味してみると、中国では、所有権=利用権、しかし土地の絶対的所有権は「公有制」(国家或いは農村地方公共団体の2種類)を主張するところに帰すると云う考えで、1988年の憲法改正とはただ、土地の使用権を認めたにとどまっている。

もう少し平たく言えば、国家または地方自治体が所有する土地を占有・使用・収益できる権利が我々の考える“所有権”で、上記の場合、私用住居の場合では70年、工業用50年・商業・娯楽・観光用地では40年、教育文化目的の場合50年等に仕分けされているとのこと。

但し、更新料を支払えば永続的な使用も認められているが、もし共産党が崩壊すれば何の保障も期待できないと思われる。

中国共産党が発足したのが1948年、既に62年が過ぎている。

早く云えば、中国では私有不動産に対する権利義務ついて知識を持っている国民はごく稀で、全国民は国に騙されていることにも気がついていないのではと考えると、空恐ろしくなる次第。

しかし、上海市は固定資産税の導入、重慶市は売却益に対する課税とそれぞれ異なっていることが気にかかる。

少なくと上海市の対固定資産課税には正当性がないが、重慶での“売却益課税”は具体性があると考えられる。

北京オリンピックや上海万博の土地収用を法律上可能にした理由は中国では如何なる個人にも土地所有を認めていないからである。

果して中国に土地価格の崩壊はあるのだろうか?

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