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英語後進国日本

筆者は前号で日経新聞が、13年前の平成9年内に三度も異例とも思われる気迫で、国際語としての英語の重要性を各々、一段通しの社説で強調したことに触れた。

英語ができなければ国が危ない(6/8)

「英文和訳」思考からの脱却を(8/20)

教師の再訓練と能力向上を図れ(12/31)である

日本の経済紙をリードする日経新聞が、英語貧民日本の現状を見かねて、やむにやまれぬ気概で吐露した主張であったと感じ、筆者は今でも、それら社説紙面を保存して持っている。

本日配達された「選択」に“世界共通語としての英語”と云う見出しで、いよいよ楽天とファーストリテイリング(UNIQLO)が2012年から英語を社内公用語にすると発表したと記している。

楽天の場合、既に4月から役員会での議論や、提出する書類をすべて英語に切り替え、準備態勢に入っていると書いている。

これからは両社とも国籍に関係なく、英語を自由に駆使する人材を優先的に採用する姿勢であることがわかる。

両者とも確かにグローバル展開のためには、とにかく英語思考で仕事ができる

国際人の養成を目指している。

既に10年前、小渕首相の諮問機関だった「21世紀日本の構想」懇談会が、英語を日本の第二公用語とする構想を打ち出した。

我が国は20世紀の初頭でアジア諸国の先頭に立って文化のグローバル化に乗り出したが、日経社説の「英文思考からの脱却」でもこの点を指摘している。

日本では江戸時代から西洋の進んだ科学、社会組織の基礎を学ぶために「翻訳」が重視されてきた。

先人たちの非常な努力に助けられ日本の科学者たちは翻訳本を糧として明治、大正時代を乗り切った。

日本の科学者や政治家、軍人たちはそのお陰で東洋一のエリート国家となった。

日本では世界の先駆的技術はその殆どが翻訳され吸収されていった。それがかえって今になって自分たちを苦しめることになろうとは夢にも思わなかった。

反面、日本以外のアジアの国々では、先進国技術習得には、その「原語」を自ら学ぶことから始めなければならなかった。

我が国の大学での英文科では英語文学の翻訳に重点がおかれ、英語を英語を通して教えることは筆者の学生時代ではなかった。(1950年代)

どんな英語の能力が必要かを知ったのはビジネスを通してからであった。

日本と韓国で英会話を教えた経験を持つアメリカの友人の話では、“何か質問は?”と問いかけたら、韓国では一斉に手が挙がるが、日本では反対で、自発的に質問をする生徒は殆どいないと云っている。

外国では生徒は何事も知らないことが普通と思っているが、日本では“知らない”ことを恥じているので教えるのが難しいとも言っている。

今月の「選択」によると最も徹底した社内英語公用語の成功例はドイツのシーメンスとのこと。

インド、シンガポールやフィリッピンでは公用語は英語であるこては知られているが、ベルギーの植民地として一世紀以上フランス語を公用語にしてきたアフリカのルワンダでさえも最近では英語でないとグローバル経済競争に不利になるとの理由で転換した。

最近ではインターネットの普及で英語の重要性はさらにおおきくなっている。

英語のネットワーク効果を爆発的に伸ばしているウエキペディアの毎日のヒット数は20億~30億件、グーグルでは一兆番目のウエブサイトを達成したと云われる。

作業語としての英語圏が何処よりも急速に進んでいるのはアジアであり、中でも中国とインドでの浸透ぶりは特に目を見張るものがあると云われている。

その東南アジアや中国を顧客にしようとしている日本の企業群、今後如何にして生き残ることが出来るのか、誠に心もとない限りである。

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