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イチロー(鈴木)の功績と評判

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今回のアメリカ旅行でシアトルに立ち寄ってマリナーズの商品展示場に立ち寄って孫の土産に“イチローグッズ”を買い求めた。

案内してもらった女性によると、殆どの日本人旅行者は必ずと云ってよい程ここに立ち寄るとおっしゃっていた。

先日帰国(9月14日)して数日後イチローがまたもや今年のヒット数を200にのせた報道がされた。さぞや彼地では大変なにぎわいであったことだと思われる。

755本の本塁打を打った、トミー・アーロン(Tommie Aaron)に勝るとも劣らない、10年間毎年200本以上のヒットを重ねたイチローは正に野球殿堂入りにふさわしい偉大な選手となったことは日本人として誇らしいことであると心から喜んでいる次第。

ところが、彼地ではイチローの活躍ぶりが、我々が日本で騒ぎ立てている程のニュースになっていないと云う人もいることは事実。

アメリカは野球に限らず、すべての分野で活躍している“アメリカ人”は殆どが「純粋」ではないことを知るべきだと思ったとき、騒いでいるのは日本人だけと云う事実もうなずける。

そもそも、NHKが毎日のようにMLB(メージャーリーグ野球)を早朝から放映していることが不思議でならない。

しかもその目的が、日本を諦めて他国に本拠地を移したプレヤーを追いかけまわして報道しているに過ぎないではないか?

アメリカの大リーグ野球の報道をするのらともかく、云わば“都落ち”した選手(個人)を追いかけまわして永い時間を費やして準国営放送局が国民の意見を無視して流していることは全くパットしないと思う次第。

もし、彼らに関する報道に期待を寄せている“ファン”が多いのならば民間放送がスポンサーを募って報道すれば充分だと思っている。

イチローが何故アメリカで我々が思っている程騒がれないのか?これにはイチローの日常の所作、振る舞いがあまりにも控え目で、アメリカ人の目からはショーマンシップに欠けているように映るからだと筆者は考える。

野球人として、ファインプレーやホームランを打てば嬉しいに決まっているが、イチローはあたかも当たり前のことをしたと云う様なジェスチャーしか見せない。(この典型が大相撲)。

かってのモハメド・アリ(ボクサー)やマラドーナ(サッカー)のように大げさなジェスチャーで喜びを外に出さない、

なにかスナビッシュなところがアメリカ人にはもう一つ「面白くない」ところだと思っている。

以前筆者はこのブログでも取り上げたが、この辺が東洋人と西洋人の人間性の相違の源ではないかと思う。

静かな思考的に見える人は東洋では無条件に“徳を積んだ人物”に写る場合が多い。

その反面、陽気でオシャベリな人は印象として軽んじられる傾向が多い。

英語にもこのような表現がる。”Still waters run deep”、これは、静かに(音もなく)流れる川は深いと云う表現で、沈思黙考の人物を指すのか、或いは、腹黒のひとを指すのか定かでないが、せせらぎの様な軽やかな、さわやかな底の見透かせる浅い流れでないことは確かである。

イギリス人は前者を好むだろうし、イタリア人は後者を良しとするのではと考える。

いずれにしても今後のイチロー選手の益々の栄光を期待している。

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