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琵琶湖疏水を利用して淡水魚水族館を京都に

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筆者は最近、京都商工会議所が琵琶湖疏水竣工120周年記念出版として、「琵琶湖疏水と京都の産業・企業―京都ベンチャーを生んだその流れーと云う書物を入手した。

その冊子のカバーの一節に、“琵琶湖疏水をどう使えばいいのか?”と書いてあるところに注目した。

琵琶湖疏水は明治23年(1890年)に完成、それ以来この疏水は120年の間、その姿を変えることなく流れ続けていると記されている。

疏水の提案者である京都府知事、北垣国道知事が京都市会で琵琶湖疏水の必要性について演説している。

その一節に、(東京遷都の後)このままでは京都の繁栄は永く続くことは考えにくい。

ならば、西洋式の機械を使って産業を興す必要を説いて、火力か水力に頼らねばならないが、火力利用には莫大な費用が必要だが疏水の流れを利用すれば鴨川、白川、桂川を併せ持ってもかなわないような水力利用が可能になることを力説している。(原文は古文調)

この本によると、明治、大正期、京都には水車を利用して可なり多くの家内企業が存在していたことが紹介されている。

筆者のこのブログの主題としたい論点は、“琵琶湖疏水をどう使えばいいのか?”と云う著者の問いかけに対してのものである

筆者の考えるところ、現在の疏水は明治期に比べて必要性が乏しくなり、ますますその存在価値が疑問視されることになりはしないかと思っている。

確かに疏水の流れを見ることで心を癒されている市民が多いことには異論を持たないが、疏水の産業としての利用は殆ど皆無に近くなっているのではないだろうか?

明治23年、疏水の貫通で内国博覧会が岡崎にて遷都1100年事業として行われ、明治天皇の行幸もあり、周辺には平安神宮や図書館に加えて市立の動物園も完成したのである

これは1851年ロンドンのクリスタル・パレス万博に刺激されて、自然科学振興のために造成されたと思うが、それより120年も過ぎ去った今日、動物園の存在意義が違ったものとなってしまった。

テレビの時代になって京都に動物園は必要欠くべからざる施設なのだろうか?

琵琶湖疏水を最も経済的に京都市民の福祉の為に利用する方法に思考をめぐらしていたのであるが、この際、思い切って費用の点、衛生面で問題の多い動物園を諦めて、その代替施設として、手近な処を流れる琵琶湖疏水から引き水をして、この町が世界に誇れる、屈指の淡水魚水族館を考えては如何だろうか。

市民の中には、自宅の水槽の中に珍しい熱帯魚を飼育して研究心に燃えている方々も少なくないと考える。

100万人の人口を持つ観光都市京都に、世界各地から将来された珍魚と共に琵琶湖産の魚も交え、立派な淡水魚水族館が完成すれば必ずや評判になること請け合いと信じる。

京都商工会議所観光部のさらなるご一考を期待して止まない。

筆者:ショウチャン

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