« 琵琶湖疏水を利用して淡水魚水族館を京都に | トップページ | マンションの更新料システム »

小沢一郎の選択

Photo_5  昨年秋、民主党が自民党に大勝し政権を掌中にし、欣喜雀躍北京に多数の一年生議員を引き連れ胡錦涛詣でを決行した時点で小沢一郎は正気を失いかけていた。

そこで小沢は自分の実力を相手に印象ずけるために(頼まれもしないのに?)、中国としては世紀の祭典「北京五輪」を陣頭指揮した次期の国家主席の最右翼、翌近平胡氏を天皇陛下と会見させる妙案(?)を持ちかけた。

小沢はこのようなことを一個人が、宮内庁との折衝なしで行えることが規定違反であることぐらいは知っていた。

しかし小沢はその時点で、どうすれば相手が喜ぶか、その上、自分の存在を相手に誇示できるかを考えていたと思われる。

昨年9月に行われた中国共産党中央委員会総会に於いて次期中央軍事委員会副主席に選出されることが確実視されていた翌近平氏がその人選に漏れたことが“異変”と思われていた時期であることを小沢は熟知していたのではないか。

中国では国の最高指導者になるには「軍」の掌握が不可欠であり、翌近平がこの総会での選出に漏れたことで翌氏周辺に或る種の焦りが生まれていた。

小沢にとっても念願の政権奪取に成功して間なしであり、ポスト胡錦涛を念頭に入れて、是非この際、翌近平氏に近ずく“特効薬”として日本の天皇との会見を持ちかけたのではないかと推測する。

今後少なくとも4年の政権党のボスとして、その地位が確実と信じての小沢の行動であったに違いない。

3年後に控える2012年の中国共産党の党大会で翌近平国家主席と硬い絆の構築が民主党の向かうべき道との確信を持っていた頃の小沢一郎の姿が見えてきた時期であった。

思い返せば、胡錦涛も副主席として訪日した1998年に天皇陛下と会見している。

従って胡錦涛としても自分の後継者と考える翌近平氏を日本に派遣し、天皇に謁見させて、次の国家代表は翌氏であると云う印象を海外に伝えるメリットを認めたのではないだろうか?

小沢は以前に日米安保条約を継続するとしても日本が自衛のために必要としているのは、アメリカ第七艦隊だけであって、沖縄の米軍基地不要とまで言い放っていた。

この小沢発言はアメリカとしても記憶に新しいことであり決して忘れることはない。

民主党が前政党に変わって与党となったことは事実だが、小沢がだしぬけに、あたかも日本代表者のように中国訪問を決めた理由はどこにあったのだろうか理解に苦しむところである。

小沢一郎はその時点では自分が次期総理となる自信のもとこの行動を始めたことは疑いの余地はない。しかし彼は何故最初の訪問国に中国を選び、最大の友好国であるアメリカを無視したのか理解に苦しむところである。

しかも、翌近平氏を力ずくで天皇に謁見させた事は平均的日本国民から理解に苦しむところであり、これが小沢一郎の個人的スタンドプレイであったと見られても仕方がない。

小沢が未だ正式な日本国政府の代表に選出される以前に、国会の承認なしに行った上記の行動は無謀なにものであり、決して許されないものないと考えるが。

|

« 琵琶湖疏水を利用して淡水魚水族館を京都に | トップページ | マンションの更新料システム »