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Levi Strauss’s Blue Jeans

Blue_jeans

ローブ・シュツラウス(Loeb Strauss)は1829年生まれのドイツ人移民である。

最初、家族とともにケンタッキーに住んだが、18歳のとき、単身ニューヨークに移動、そこでカリフォルニアでの金発見のうわさを聞いて、カリフォルニアに移動、1853年兄と服地関係の仕事を始める。

ゴールド・ラッシュの最中のカリフォルニアであったが,彼は金の掘削には手を染めず、金堀りの人たちに作業着を中心に幌馬車用テント布地等を売り出した。

金塊探し連中と付き合っているうちに、作業着やズボンがすぐに破れて長続きしない苦情の多いことに着目、強いキャンパス地を使って彼らの衣服を縫製する仕事を始めた。

これが金堀り仲間の間に好評となり、忽ちのうちに手持ちの材料不足になる程であった。

そこで、ローブは、これまで使用していた生地から“デニム”と呼ばれるものに取り換えることを考え出した。(フランスのNimes産の”serge de Nimes”と呼ばれる生地、後にデニムの俗称を得る)

ローブ・シュテュラウスはその後、ジェーコブ・デーヴィス(Jacob Davis)と云うユダヤ人仲間の洋服屋の忠告を受け、ポケットをしっかりさせるブロンズ製の鋲(リヴェット)を取り付けることを思いつく。

このアイディアーが好評であったため、これを特許申請してパテントを取得した。(1873年、U.S. Patent No.139,121

同時に生地をインディゴ系の青色に染めることとして売り出し、今日のブルー・ジーンズのスタイルを確立させた。

Blue jeansは今やアメリカ人のシンボル的な存在になったが、それはこれを付けていることで、すべて「平等である感覚」を得られるという暗示に取りつかれる為なのかも知れない。

アメリカ・フロンティアー(American Frontier)精神を身につけ、大地を踏みしめて歩く快感が生まれる錯覚を生んだのもジーンズであったのかも知れない。

Loebはその後Levi(リーバイ)と改名して、Levi Strauss & Companyを設立、ポケットに黄銅のボタンを付け、ペアーの馬模様を取り付け(1886年)、左後ろポケットに赤いタブを縫いこんで(1936年)、遠くからでもリーバイのジーンズであることが誰にも認識できるように考案したが、これらのすべてのデザインが登録済みであることも如何にもアメリカらしい。

リーバイ・シュテュラウスはゴールド・ラッシュのお陰で大富豪になり”pants of Levi”の名で一世を風靡するまでになった。

彼はこのような機会を与えてくれたカリフォルニアに感謝の念を表す為、後にバークレーのUCLA(カリフォルニア大学)に28科目の奨学金を遺贈(1897年)している。

また、1906年のサンフランシスコの大火で焼失した工場跡を小学校の建設地として寄贈しているところも如何にもアメリカ人らしい。

21世紀の現在でも”Levi”の名声は衰えず、ジーンズのブランドとして業界に君臨している。

参考:ask.comウイキペディア。

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