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時流に乗り遅れるな!

菅直人、仙石由人、鳩山由紀夫や小沢一郎ら民主党の要人たちは、すべて戦後生まれである。

即ち、これらの政治家は皆「日教組」作成の教科書で日本史を学んだ連中である。

戦後発刊された小中学校の歴史教科書には、明治以後の重大事件、例えば、「日本海海戦」、「三国干渉」や「樺太占領」の記述はオミットされて記述がない。

歴史は過去の事柄の記述であり、正直なジャーナル(Journal)でなければならないことは云うを待たない。

英国では1805年のトラファルガー(Trafalgar)海戦の勝利を国家の偉業として子供達に教えているし、アメリカでも独立革命以後に英国に勝利した1812年戦争事件も教科書から削除していない。

1905年の日本海海戦で、日本がロシア艦隊に勝利したことは世界中に知れ渡っている大事件であるにかかわらず戦後日本の文部省は何理由で敢えてこれらの重要史実を歴史教科書から削除したのか不思議である。

従って自国の建てた偉業をも敢えて国民に教えなかった日本の文部行政が現在の日本のみじめな姿を形成させたと考えざるを得ない。

こんなことは今更書くこともないのだが、日本海海戦での大勝利(1905・5・27)が終わるや否や、(3日後)5月31日、小村寿太郎外相はロシアの意向を待たず、ワシントン駐在高平小五郎行使に即刻、アメリカ大統領、セオドール・ルーズヴェルトに日露和平交渉を依頼するように打電している。

この頃、日本側は兵力消耗と資金不足、ロシア側の事情は海軍の壊滅と、本国での不穏状態が差し迫った問題で、両方とも既に厭戦機運にあったことは偽らざる事実であった。

ロシアも6月9日、講和のテーブルにつく意向をアメリカ側に伝えていた。

戦争行為が停止状態になっているにも関わらず、同6月17日に日本側は当時ロシア領土であった樺太攻略作戦を決定、7月4日作戦部隊を派遣、8月1日までに樺太全島を占領した。

ここで、ロシアは1875年以来の正当な自国固有の領土を日本に奪われたことになった。

ポーツマスでの日露講和会談では雰囲気としてロシアが不利な立場であった為、結果的に樺太南半分は日本に引き渡されたが、以後40年間ロシアは其の時に受けた屈辱感は忘れなかった。

1945年8月、日本はロシアを含む所謂「連合国側」に無条件の形で降伏せざるを得なくなり、同年9月、ソ連はクリール諸島及び南樺太を占領した。

ソ連は40年以前に被った損害を日本からお釣り(シベリア抑留)を付けて取り返したことになった。(筆者推定)

民主党政権は「日本固有の北方四島」返還をロシアに要求し続けているが、果してこの主張が国際法上正当か否かを過去に遡って考証しなおすべきではないだろうか?

日本の立場はロシアが提唱している四島の再開発に加わることは、領土の放棄に繋がるとして消極的な姿勢を保持している。

その間に時は流れ、かわって韓国や中国に貴重な漁場の権利をも奪われることにでもなれば政府は国民にどのように謝罪するつもりなのだろう。

ロシア対日本の力関係から考えて今更、我が国には四島を取り返すことは不可能に近い。

ソ連時代では、戦後奇跡的に経済発展を成し遂げた日本の経済援助を期待して彼等は日本に、一時的な外交上の“方便”として北方領土返還の可能性を示唆したことがあったが、これをソ連の本心だと受け取った日本の政治家の幼稚さこそ問題である。

福沢諭吉の格言を待つまでもなく”might is right”、(力が正義)の不文律を銘記して我が国が半世紀以上の長い間怠ってきた偏った戦後教育の反省をするべきであると筆者は考える。

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