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八百長問題

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野球賭博疑惑事件に続いて、今度は「八百長」の問題が新聞報道を賑わしているが、「八百長」が相撲界古来の伝統を象徴した言葉であるならば、今更特に驚くに当たらないと筆者は考える。

相撲稽古は誠に激しいものであり、そのつらい修行を積んで勝ちあがってきたものが目指すのが“後楽”、多くの付け人に囲まれて威張っていられる身分を誰もが目指すのが相撲取りの人生である。

しかし、その仕組みについて考え直す要素が多く残されていたのではと考えざるを得ない。

伝統を守ることは大切だが、江戸時代と21世紀の人間性の違いに関係者は考慮するべきではと考える。

2月3日付け毎日新聞によると番付によって“天と地”の差別待遇が見られる、のが角界の仕来たりである。

力士とは十両以上のことで、それ以下は、まるで力士どころか人間の尊厳さえ認められていないような待遇システムを伝統の名のもとに引きずっているのが相撲界の現状と筆者は考える。

角界には「番付一枚違えば家来同然、一段違えば虫けら同然」と云う表現がある。(毎日新聞)

勝ち越し(8勝以上)、負け越し(8敗以下)によって次回からの番付が上下することは自明に事実、力士としては、生活を守るため、負け越さないように必死になるのは当然である。

同誌の伝えるところでは力士は月給制で、

横綱:282万、大関:234.7万、三役:169.3万、幕内:130.9万、十両:103.6万となっている。

しかし、ここからが問題で、力士と認めてもらえない幕下以下には給料ゼロと云う非情とも云うべき待遇制度がある。

それ以外に、関取には絹製のまわしに大銀杏を結ふことがゆるされ、部屋も大部屋ではなく個室がもらえる。それに反し、幕下では黒の木綿のまわしにちょんまげ姿、ちゃんこ番やその他雑用も多くその待遇は関取たはくらべものにならない程違う。

原則として番付は一つ勝ち越せば一つ上がり、一つ負ければ一つさがるのだが、千秋楽の日に7勝7敗の力士には次の場所での立場が、がらっと違ってくる可能性がある。

特に十両の身分のかかっている力士にとっては正に天国と地獄のチョイスの戦いになる。

相撲界での人間性無視のシステムを改めない限り、いくら風紀の粛清を叫んでもこの特異な「八百長問題」は根絶不可能と筆者は考える。

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