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エジプト内乱の性質を考える

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現在エジプトで起こっている事態は筆者には何か不気味に思えてならない。エジプト大統領のムバラクはアメリカのテレビとの会見でオバマ大統領は“エジプトの文化を知らない”と怒っているらしい。

その理由として、今退陣すればイスラム原理主義のムスリム団体がとってかわって、以前にイランで起こった革命と同じ結果が起こることをアメリカが理解していない点を挙げている。

毎日新聞の本日(02・06・2011)の社説では“今回のエジプトでの反政府運動の背後にムスリム同胞団がいるとのムバラク氏の懸念には首をかしげるばかり”と疑問視して、“今の民衆運動の中心は、どう見てもイスラム組織ではない。職を求め、日々の生活に苦しむ庶民たちだ。ムバラク氏の目には、そうは映らないのか。”とかなり断定的な論説に筆者は注目した。

それでは、毎日新聞はオバマ大統領と同じくムバラク氏の言い分を全く信用していないことになる。

エジプトは大国である。今回の騒動がただの国内紛争で外部からの干渉を受けていないのなら問題は小さい。

近い過去にエジプトの周辺でどんなことが起こったかを見渡すことも無駄ではない。

「チュニジア」、「イエメン」、「ヨルダン」、「アルジェリア」、「シリア」に過去10年以内にどんなことが起こったかを振り返ってみたい。

先ずシリアを覗いてみるとこの国には数多くの疑わしいファクターが目につく。

イラクをアメリカが急襲したときの主な理由は、ブッシュ政権がイラクが確実に、近代秘密兵器を隠し持っていると信じていた。ところがアメリカがイラクに攻め入ってフセイン大統領は逮捕できたが、目的の秘密兵器は発見できなかった。

シリアはイラクと国境を接し、その距離は恐らく何百キロにも及んでいる。シリアは当時イラクとは友好関係にあり、アメリカの攻撃の始まる以前に問題の武器がシリアに運び込まれたとしても何の不思議もない。

しかもシリアはイラク以外にレバノン、ヨルダン、イスラエル、パレスチナと隣接する複雑極まる、ヒスボラ、パレスチア支援を続ける中東での中心的問題児であることには違いない。

ここでは1970年以来、アサド大統領の独占国家であり、氏の没後、2000年から息子のパシャールが独占を続けている。

チュニジアでは1987年来先制支配を続けていたベンアリ大統領が退陣して国外に亡命した。

極貧国、イエメンでは数千人規模のデモが相次ぎ、サレハ大統領が退陣の意向を表明するに至っている。

ヨルダンではアブドラ国王が民衆の怒りの焦点、リファイ内閣を退陣させた。

アルジェリアは1992年2月に宣言された国家非常事態が未だ完全に収まったとは聞いていない。この周辺で最も問題が多い国と思われる。

9.11事件以来、10年が経過したが、UNを中心とした連合軍はアフガンとパキスタンに釘ずけの状態で苦戦を強いられている。

その間、アフリカの多くの場所で紛争が絶えることなく続き、世界中に波風が吹き荒れている。

エジプトの地理的位置を考慮入れて考えると、イスラム原理主義者集団が何時、何処で問題を起こしても不思議でない時期に、今回のエジプトの内乱を単なる国民の不満の暴発として簡単に片づけることこそ危険だとは思はないのだろうか?

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