« 琵琶湖の水位調節 | トップページ | 微風を捉えて発電する風車 »

ビキニ原爆実験より半世紀

Photo

1946~1958年の12年間にアメリカは実に67回の海上、海底の原爆実験を“ビキニ環礁”で行った。

これはマーシャル諸島共和国に属する環礁で23の島からなり、面積は5944.1平方キロメートル。

ここは戦前、日本の統治領となっていたところでその当時ではマーシャル群島と呼ばれた。

最初の実験は1946年7月1日と同月24日(クロスロード作戦)に行われ、戦後最初の本格的原爆実験として注目された。

第一回は空中爆発であったが予定地より大きくはずれ成功には程遠かったが、24日の第2実験(水中)では1600mの水柱(写真)が上がり、爆心地から200m離れていた艦船「アーカンソー」が瞬間に沈没、1キロ離れていた戦艦「長門」数日後沈没、合計8隻の実験用艦船が沈没した。

正直言って、その頃のアメリカでは、原爆の及ぼす戦略的破壊力は既に「広島」、「長崎」で実証済みで充分認識していたが、核爆発の及ぼす第二次的被害(化学的影響)については深い知識に欠いていたと思われる。

海底爆発で多くの海の植物や魚類が如何なる被害を受けたかについて配慮に欠き、1954年3月1日の同地帯で行った「水爆実験」(キャッスル作戦)に至っては、原爆1000個分の威力(15Mtが炸裂、海底に約2km、深さ73mのクレーターが出来たと言われる。

この時、日本のマグロ漁船、第5福竜丸を始め約1000隻以上の漁船が“死の灰”をかぶった。

この実験を行う際、アメリカは島民を強制的にロングリック環礁へ、さらにはキリ島へと移住させた。これら島民は生地を離れ、未だに元の場所には戻れないでいる。

戦勝国が敗戦国領のマーシャル群島を選んで、広島、長崎に続いて、度重なる原爆実験を実施、その際、住民までを移住させ、戦利品の、大和、武蔵と並んで日本の誇った有名戦艦の「長門」を海底に葬むるといった、むごい仕打ちに怒りを感じずにはいられない。

それから57年が経過、現在では周辺の放射能レベルは短期間の滞在では問題のないところまで下がっているらしく、周辺にはリゾートホテルまで出来て、若者のダイビングスポットになっている。

原子力利用の廃止に全世界が団結して踏み切ることを望みたい。

|

« 琵琶湖の水位調節 | トップページ | 微風を捉えて発電する風車 »