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釈迦金棺出現図

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釈迦金棺出現図と云う、お釈迦様が生き返って燦然と輝く後光を背にして起き上がっている様を描いた珍しい仏画がある。

キリストの復活Resurrection)は、キリストがゴルゴダの丘で十字架に縛られて亡くなったあとで棺から再び現れる云い伝えであるが、釈迦が入滅後、土に葬られたと云うことを、仏教徒でありながら不熱心な筆者は知るところがなかった。

これは他に類を見ない誠に稀な仏画の大幅である。

大コレクター、大茶人であった原三渓もこの仏画について「この種の図に於いて、殆ど類を絶ち群を絶す、・・・実に稀世の宝なり」と言わしめた程の珍品であることには違いない。

終戦後、10数年して、これを所蔵していた京都、長岡・長法寺が滋賀県の綾羽紡績の河本嘉久蔵氏に1000万円で売却したと云う噂がたった。

しかし、この取引、文化財の正式な移転届けなしの不法なものであったため不成立となった。

そこで持ち主の寺が国に購入を依頼したが、長い間、文化庁は何らの行動をとらなかった為、一業者、井上康弘氏が中に立ち、水谷集光堂に購入を依頼した。

その時点で、筆者の聞き及んだところではその価格は4000万円とのことであった。

当時、4000万と云う金額は大変な高額であった。

次に聞いた時、この珍宝は電力の鬼と云われた、九州電力の松永安左エ門(耳庵)が3700万円で買ったとのことであった。

これがあまりに高額な買い物であった為、さすがの松永氏も幾度か逡巡して、資金ねん出のために所蔵品を処分して支払ったとのことであった。

松永安左エ門は明治8年長崎壱岐の素封家の生まれ、慶応義塾卒業後、30代の若さで九州に電力会社を創設、その後電力業界に君臨、戦後70歳を超えて電力業界再編成に着手、「電力の鬼」と云われる人物であった。

茶の湯、数寄の世界でも有名で、三井の益田鈍翁、原三渓等のよき指導で美術品収集にも没頭した。

昭和46年6月、97歳の長寿を全うした。

松永記念館で執り行われた葬儀会場にはこの釈迦金棺出現図の大幅がかけられたとのことである。

耳庵の没後、子息、安太郎氏の英断で松永記念館が閉じられ、この仏画は国に完全無償で寄贈され、今では元あった京都国立博物館にて保管されている。

東日本大震災で東電が苦労しているが、どの重役も自己責任覚悟で英断を下すような輩が見当たらない。

政府民主党にしても、何事につけ後手にまわって思い切った政治決断も出来ない始末、釈迦ならぬ「電力の鬼」の出現が待たれる。

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