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百貨店と通信販売業の起こり

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多種類の多くの商品を種類ごとに仕分けて陳列販売する店舗を世界で初めて開設し、それを[Department Store](デパートメント・ストアー)と名付けたのはジョン・ワナメーカー(1838-1922、アメリカ)であった。

しかし、ワナメーカーとは少し手法は違ったが、アレキサンダー・ターニー・スチュアートが1848年にニューヨークのブロードウエーで婦人用輸入雑貨を扱う大型店、マーブル・パレスを始めている。

どちらにしても、これらは今日云うところの百貨店の魁である。

スチュアートはさらに、1862年、ブロードウエー九町目角に、キャスト・アイアン・パレスと云う名の8階建てビルの同種店舗を開いている。

アメリカでニューヨークのような大都会で百貨店が競い合うように出店しだしたのは、南北戦争が終わって再び北部に平和がやってきた頃であった。

ここに揚げた挿絵は1873年1月13日、Frank Leslie’s illustrated Newsapaper に発表されている、当時”Lord & Taylor’s Dry Googs House”と呼ばれていたロード・アンド・テーラー百貨店に登場したエレヴェーター内部のイラストである(筆者蔵)

ここでは新しい大型小売店(a new retail store,at corner of Broadway 20th St.)と書かれている。恐らくアメリカで最初に登場したエレヴェーターには大勢の顧客が集まったことだろう。

百貨店だけに多くのスペースを裂くことはできないので、今度は広大な領土のアメリカならではの「メールオーダー式百貨店」を紹介したい。

Mail Orderは、今でこそ誰でも使うシステムの小売り商売だが、リチャード・ウオレン・シアーズは1863年ミネソタ生まれ、1895年からシカゴで宝石、時計類の通信販売から始めた。

1908年、シアーズとローバックの始めた通信販売業は世界最大の通信販売会社に成長した。筆者も終戦直後、アメリカ軍人が見せてくれた、まるで東京都の電話帳程の厚みのあるオールカラーのカタログで注文してもらったことを覚えている。

シアーズの他に同じくらい有名な通信販売業は「モンゴメリー・ウオード社」であるとされるが、終戦当時、アメリカ軍のPX(Post Exchange)に常備されていたのはシアーズであったと記憶している。

ケンタッキーやワイオミングに住んでいる人たちが都会の最新ファッションや電気製品を手紙や電話で直接注文できることで人気を集めた事業であった。

シアーズ・ローバックのカタログは20世紀初頭で既に200万部を売り上げ、アメリカ文化の象徴と云われたほどであった。

今でも続いているカタログにはOffice Depoらが有名で、これはオッフィス器具や文房具類専門と記憶している。

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