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メーデイの起源と推移に付いて

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我が国では去る3.11震災の結果「メーデー」(May Day)どころでなくなったが、西洋諸国では春の労働者の祭典として各地で騒動が起こっている。

これについて、お隣の世界最大の共産国家「中華共産共和国」(中共)では平静が保たれて大層な事件は起こっていない。

筆者はメーデー(5月1日)はどのような事がきっかけで始まったのかを知りたくて、アメリカのask.comのウイキペディアで調べることとした。

“May Day on May 1 is an ancient northern hemisphere apring festival and usually a public holiday”(メーデーは北半球の春の祭典で普通は休日)との記述で始まり、19世紀の終わり頃から、それは世界の労働者の日(International worker’s day. or labor day, a day of political demonstrations and celebrations organized by communists ,anarchists, socialists, unionists, .and other groups)として、それまでの春の到来を楽しむ、“メーデー”の感覚が一変した。

今ではメーデーは、共産主義者、社会労働者団体、無政府主義団体が主催する政治運動の祭典と殆ど同義語の感覚を帯びるようになったと説いている。

ロシアのロマノフ王朝の圧政に不満を抱いていたユダヤ人を中心にした無政府主義者が19世紀末から運動を始め、フランスの5月革命にならって運動を起こしたことから

庶民の圧政に対する示威運動を起こす日と考える傾向があるが、昨今で我が国でも次第に考えが変化している。

大がかりな労働者の資本家に対する所謂「労働運動」(ストライキ)は、むしろ資本主義国アメリカに端緒を見ることが多い。

その代表格と看做される20世紀以前に起こった労働運動の主なものには、1713年の”Bread Riot in Boston”, ”Mast Tree Riot(1734)”New Jersey Tenant Riot(1745-54年)、”Anti-Bank Riot in Baltimore(1835年)”Flour Riot in New York”(1837年)”Squatter’s Riot(1850年)”Louisiana Sugar Strike(1887年)”Homestead Act”(1892年)”Coeur D’Alene”(1892年)と、1894年に発生した”Pullman Strike”等があげられる。

アメリカでは独立戦争以前から植民地人の団結をめざして宗主国(イギリス)の圧政を嫌って、反抗的性格が次第に盛り上がり、それが主従関係離反(資本家対労働者、人種問題)に広がっていったからである。

極論と取られるかもしれないが、ボストン・ティーパーティー事件もそのたぐいの運動と言える。

筆者の望みはMay Dayを今後は、労使対立の示威運動の日と看做さず、国民こぞって何か建設的な社会奉仕を行う日となればと願っている。

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