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片手落ち裁判

Photo JR福知山線事故は、平成17年4月25日に西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線の塚口駅~尼崎駅間で発生した列車の脱線事故である。その時、運転手と乗客合わせて107人が犠牲となった。

JR西日本の当時の社長、山崎正夫被告(68)の論告求刑公判(岡田信裁判長)は29日「多くの人の人生を奪った責任は重大だが、事故の直接原因は死亡した運転手にある」として、禁固3年を求刑した。

犠牲者の遺族は、”被告を有罪にするには証拠が不十分と感じた”と裁判結果に同情しながら、無罪が適当だという意見も出たとの事。

筆者は以前に、このブログで述べたことがあったことを記憶しているが、事故現場付近は確かに急カーブで、運転手には減速運転の義務を怠った罪を負う責任があったことは確かである。

会社も、この危険個所で電車を自動的に減速させる器具が取り付られていなかったとすれば、それを見逃していた責任者(社長)の罪が問われて当然である。

では何故、横転した車両に乗り合わせていた乗客が100人以上、むごい死にかたをしなければならなかったのか?

その主な原因を作ったのは、その個所に建っていた「鉄筋マンション」でしかない。

当マンションの地下部分に突入した前部車両に乗り合わせていた乗客が主な犠牲者なのだ。

これは筆者の想像だが、この被害を大きくした対象物の”マンション”は恐らく鉄道敷設以後に設計され、国交省の許可で建てられたものだと思う。

急カーブで電車が草原で横転しても一時に100名以上の犠牲者がでることは到底考えられない。

危険個所と知りながら、その場所に鉄筋建造物を設計した建築士と、それに許可を出した役所は何故罪に問われないのかを知りたい。

「鉄道敷設」も「建築許可」も同じ国交省の仕事であるべきで「役所」だけが罪に問われないのは「片手落ち」と思うのだが?

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