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警備会社の草分けピンカートン探偵社

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ピンカートン・ナショナル探偵エージェンシー(Pinkerton National Detective Agency)、略してPinkertonsは私立アメリカ・セキュリティーガード、又は探偵請負会社で、アラン・ピンカートン(1819~1884)により設立された。

ピンカートンはイギリス、グラスゴー生まれ、23歳の時アメリカに移住(1842年)、奴隷制度反対運動に身を投じ、移住2年後の1844年、イリノイ州、ダンビー(Dunbee)の自宅を逃亡奴隷救済の地下活動の拠点として提供した。

1849年シカゴ市に最初の探偵として雇われる。1850年彼は弁護士のエドワード・ラッカー(Edward Rucker)と組んで、北西警備会社(North-Western Police Agency)を設立する。

これが後に有名を馳せる“ピンカートン探偵社”の前身で、彼のビジネスの代名詞”we never sleep”(われわれは決して眠らない)は有名。

それは丁度アメリカが領土を急速に拡張させている時代で、鉄道の延長に伴い増える一方の鉄道強盗の取り締まりに大忙しとなった。

その頃、彼はエブラハム・リンカーンの知遇を得たと云われている。1861~65年の南北戦争時、ピンカートンは北軍のエージェントとして活躍、リンカーンの護衛にあたり、ボルティモアー、やメリーランド州でのリンカーン暗殺計画の存在を示唆していたと云われている。

戦争終結後も鉄道に関係する悪事を働くアウト・ローを追跡、多くを逮捕している。中でも有名な強盗、ジェシー・ジェームスの追跡は(最後に取り逃がした)今日まで語り草となっている。

ピンカートンは1884年、7月、65歳で他界したが、彼が死ぬまでに関係した事件の調査記録は今でもFBIに残されている。

ピンカートンの死後、探偵社は世紀末、勢いを増した労働争議の事前調査に、またはストライキ破りのプロ集団として雇用されることが多くなった。

中でも1892年のカーネギー鉄鋼会社のホームステッド工場(ペンシルヴァニア州)で発生したアメリカ史上最大の労働争議に於いては労使側とも武装した集団の撃ち合いになり、双方から数十人の死者、負傷者を出した。(Homestead Strike)

この組織に関するエピソードは多く、無法者の監視役、労働組合内部調査とスト破りばかりでなく複数の州にまたがる犯罪の追及にも活躍、その後のFBIの前身の役目を果たしたことで意義がる

1999年ピンカートン社はスエーデンの警備会社Securitas ABに合併され、2003年にはウイリアム・バーンズ探偵社(William J. Burns)に統合され現在に至っている。

SECOMで知られる日本警備保障は電子時代に生まれた日本での近代セキュリティー会社の草分けである。

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