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アメリカの悩み「竜巻」

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3月11日の東日本大震災は大津波と原子力発電所が破壊されたことで全世界のニュースとなったが、対岸のアメリカでは5月22日の夕刻、時速198MPH(317キロ)でカンサスシティーの南方、160キロにあるジョプリン市(ミズーリー州、人口5万)を通り過ぎた大竜巻はアメリカ史上第9番目と云われるもので、死者116人、負傷者400人をだした。

このたびジョプリン市を襲った竜巻は、1週間で50発生して、7州に被害が及んだ中の一つだったが、結果的に最も大きな被害をもたらした大竜巻であった。

4月から5月にかけて南部地方で5個の竜巻が起こり、300人が死亡したが、その2/3ガアラバマ州に集中している。

ジョプリンを襲ったトーネードは過去60年間で最大の被害をもたらしたもので、町の大半の建物に被害が及び、家屋はほぼ全壊、車はまるでビール缶が曲げられたような姿に形を変えていた。

電線は断ち切られ、ガスパイプの破裂で各所に火災が発生、被害をさらに大きくした。

町の中心の病院の被害も大きく一瞬のうちに通り過ぎた竜巻には、治療も間に合わず多くの犠牲者がでたとのこと。

夜が明けて(23日)判明したことは地上に存在していた物体が、数個の大建築物を除いて殆ど無くなっていたと云われている。

1953年、ミシガン州、フリント市を襲った竜巻(死者116名)以来のもので、あまりにも風雨の音がすごかったせいか、度々に発せられた非難警告もかき消されて聞こえた人も少なく、非難の開始が遅れたことが被害をさらに大きくしたらしい。

第二次大戦中、ジョプリンは高速道路以前に、シカゴとサンタ・モニカを結んでいた有名な「ルート・66」線上に位置し、鉛と亜鉛の産地として栄えたことがあったところである。

竜巻の場合、警報が出てから半時間以内に非難しなければならないが、今回の竜巻は強力な上に、範囲が広すぎて非難は殆ど不可能であったらしい、

アラバマ州都、タスカルーサからヴァージニア州のブリストル市まで数100キロに跨る、1974年以来の広範囲に及ぶ大きな気象変化がこのたびの大竜巻であったらしい。

実際にこの特異気象はミズーリ州からアーカンソウ、カンサス、オクラホマをかけ抜き週末には東部にまで影響をおよぼした。

アメリカ中心部に毎年春先に発生する竜巻は、考えようによっては我が国に時々発生する地震よりも厄介な天災ではないだろうか?

ミシシッピーを中心に、すり鉢の底のような広大な平原にしか起こらない困った自然現象で如何に強靭な国力を誇る大国アメリカも「自然には勝てない」と云わざるを得ない。

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