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アメリカ人、イーライ・ホイットニー

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アメリカの発明家や企業家で知っている人の名前を聞くとしたら、殆どの人は、フランクリン、エディソンとフォードの名前を挙げる。

しかし、ベンジャミン・フランクリンと同時代に生きた、イーライ・ホイットニー(Eli Whitney, 17651825)を覚えているひとはごく少ないのでないだろうか。

ホイットニーはマサチューセッツ州の生まれ、1792年イエール大学卒、南部サウスカロライナ州で教師の職に就くべく旅立つが、その途中、ジョージャー州で黒人奴隷が綿花も摘んでいるところを見て、綿花の種を人手を省いて種から切り離す機械を作ることを思いつき、その研究に没頭する。

綿にはバラのようなトゲがあり、綿花の中から種を取り出す仕事は大変であった。酷暑の南部の綿畑では黒人奴隷が使われ、彼らの悲惨な生活ぶりを見るに見かねて、それを少しでも機械化して生産性を高めることに目を向けた。

鉄の針が打ちつけられた二つのローラーの間に綿花を挟んで、針に引っ掛かった綿花から搾り取るように種子を引き抜く機械を考案し、これを”cotton Gin”と名付けた。(1793年)

このコットン・ジンの機械の出現で、作業能率が従来の50倍も向上する結果を得た。しかし、何よりもこの発明の恩恵を受けたのは、この仕事に関わってきた労働者の方であったことだろう。

この仕事の成功が噂を呼び、ホイットニーはアメリカ陸軍から、これまで輸入に頼っていたマスケット銃の国産化の仕事の発注を受けた。(1795年)

彼はフランス製の銃を量産できる生産方法の確立に心血を注ぐことを決心、遂にホイットニー独自の”uniformity System”(互換性部品による生産システム)を確立した。

これまでの銃の生産は、一品ごとに加工技術者の腕にたよる生産方法であった為、それぞれの部品が均一でなく、一つの部品が故障すれば、その銃は廃棄されなければならなかった。ホイットニーの考案は、一つ一つのの部品の仕様を統一することで、それぞれの銃に互換性をを持たせ均一化を目指したことにあった。

後に彼は「横フライス盤(旋盤)を考案、木製銃床の大量生産に役立てた。

ホイットニーの考案した”uniformity System”は後にヘンリー・フォードの自動車生産方法にも一脈通じる手法で、イギリス自慢の伝統による芸術的手工業産業に対抗するアメリカ独特の能率重視の産業基盤にヒントを与えた発明と言え。

イーライ・ホイットニーには数々のエピソードが知られている。従ってただ一節の「ブログ」には収まりきらないのが残念である。

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