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「ダコタ・アパートメント」

Dakota Entrance_of_the_dakota (1.建設当時の「ダコタ」、2.ダコタのエントランス)

ニューヨークにはセントラル・パークと云う有名な公園がある。

南端は59丁目、北は110丁目、東は5番街(5th Ave.,)、別名、セントラル・パーク・イースト、西側は8番街(8th,Ave.)、別名、セントラル・パークウエストの、南北4キロ、東西0.8キロ(3.2平方キロ)の広大な緑の長方形の空間である。

ニューヨーク市行政の考えは、1840年頃から増えだした移民が南港に降り立って、最初の頃は、マンハッタン島の南半分に住んでいたが、次第に北に進出しだした頃から、人口が過密になる前に、中心に緑の空間(公園)を残さなければ、街全体が生き苦しくなるとの想定であった。

公園の着工は、1857年、そして、南北戦争をはさんで、1873年に完成した。

セントラル・パーク・ウエストの72丁目に、1881年に出来上がった、「ダコタ・アパートメント」と云う古風で立派な建物がある。(写真)

公園の完成から8年目であり、未だ周囲には殆ど何も立っていなかった頃、シンガーミシン(Singer Sewing Machine Co.,)の社長、エドワード・クラーク(Edward Clark)がプラザホテルの設計者、ヘンリー・ハーデンバー(Henry J. Hardenbergh)に注文、完成させた建物である。

何故、ダコタ・アパートメントと呼ばれたかと云えば、その頃では、近辺には何も建物がなく、公園の西側で辺鄙な環境にあることから、それまで国の最西端の辺境の土地であった、インディアンの住む場所“ダコタ”がふさわしいとして名付けられた。

モータリゼーション以前の馬車の時代に建てられたこの建物には馬をつなぐ為のファシリティーがあり、中にコートヤードがある、ヨーロッパ式の建築で、1976年”National Historic Landmark”に指定された。

これまでの有名な住人として、ローレン・バコール(女優)、レオナルド・バーンシュタイン(音楽指揮者)、ローズマリー・クルーニー(女優)、ジュリー・ガーランド(女優)、リリアン・ギッシュ(女優)、ロバートライアン(男優)が知られている。

これら殆どが芸術家や俳優であり、古く、さびれた建物であるが、ニューヨークでの最も高いステイタスを維持してきた建物である。

1980年12月8日、“ダコタ”の住人であった。ビートル(Beatle)のジョン・レノンが夕刻帰宅したところ、入口付近でマーク・デーヴィッド・チャップマン(Mark David Chapman)が発した凶弾により死亡したことで“ダコタ”は又もやさらに有名になったことは広く知られている。

参考文献:Historic American Building Survey,,Brockman,Jorg(2002),one thousand New York Building,PP.342-343,「ニューヨーク」猿谷 要、文芸春秋社(世界都市の物語)

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