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団体旅行の先駆け「トーマス・クック」

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団体旅行(pack tour)は今では当たり前で、日本の海外旅行の大半はこの団体旅行が殆どと云っても過言ではない。

戦後、我が国で外貨が自由化されるまでは「旅行小切手」(traveler’s check)が盛んに使用されたが、クレディット・カードと世界ネット化が進んで、今では使われることが少なくなった。

このtraveler’s checkであるが、ヨーロッパでの起源は18世紀末(1772年)とされているが、これを大々的に世界に広めたのは、団体旅行の創始者と云われるトーマス・クック(Thomas Cook,1808-1892)であった。

トーマス・クック社は現在でも世界指折りの旅行会社であるが、そもそも“旅行業”なる職業はクック以前には殆ど存在していなかった。

トーマス・クック社は、産業革命の進展、大英帝国の形成過程で、19世紀前半にイギリス国内における鉄道発展を転機として生まれた産業と言える。

クックの旅客企画業の端緒となった1841年の団体旅行は、同年7月、彼が偶然企画した「禁酒運動大会」に、一人でも多くの参加者を集める為に主宰した特殊な団体旅行の結果であった。

トーマスは4歳の時、父親が他界したが、バプティスト派の牧師の娘であった母親の影響で彼は敬虔なクリスチャンとして育てられた。

最初の旅行企画が大成功を収めた丁度、10年後、クックは大英帝国の栄華を世界に示した、1851年のロンドン万博(クリスタル・パレス)行きの為の団体旅行を企画するチャンスに巡りあった。

ここで彼は、出発から帰還までの交通手段、旅先での宿泊施設、名所旧跡の見学コースやイヴェント参加のアレンジと予約まで、あらゆる手続きのすべてを請け負い、旅行参加者の手を一切煩わすことなく、安全な旅行が遂行できるように準備を整え、今日呼ばれる“パック・ツアー”の先駆けとなった。

産業革命のおとし子と呼ばれる蒸気機関車、蒸気船を利用、裕福となったイギリスの中産階級を客に取り込み、当初から鉄道料金を割引して、このころまで富裕層のみに独占されていた「豪華な海外旅行」を大衆のものとすることに努力した。

それまで家庭的でしとやかなことが理想と看做されていたヴィクトリア朝の女性にも、この形の旅行は人気を呼び、クック社が企画した旅行には単身の女性の間にブームを呼ぶこととなった。

それ以後、イタリア、フランス、オランダ、スイスなどのヨーロッパ諸国、又は、合衆国。パレスティナやエジプトとパックス・ブリタニカの波にのって文字通り、地球の七つの海の彼方までクック社の企画による「団体旅行」はとどまるところを知らないように広がって行った。

イギリスの中産階級、労働者階級の相対的な富裕化と余暇の過ごし方に変化を起こしたクックの貢献は偉大である。

クックは次第に競合する同業者や鉄道、船会社に対抗して、大々的な宣伝やクーポン券を発行し、後には独自にホテル業にも進出した。

トーマス・クックの旅行券(traveler’s check)も、その過程で生まれたアイディアーで、期限なしに永久に有効(但し、無利息)で、旅行中の紛失にも保険付きであることで人気商品となった。

ジェット飛行機の時代となり、今では世界旅行は、なんら珍しくも無くなったが、1世紀以前では平民にとって、海外旅行、は正に“一生に一度”の催しであったに違いない。

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