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「インクライン」と運河

Photo Photo_2 上:京都のインクライン、下:アメリカのインクライン

我が国では、江戸時代初期の慶長年間に京都から大阪に木材など大きい重量の物資を運ぶ為に角倉了以(1554~1614)によって「高瀬川運河」が施工されたことは有名である。

19世紀初頭までは、アメリカでは輸送機関の主力は未だ馬車であったが、輸送費がかさむため、考え出されたのが「運河」の利用であった。

ニューヨーク市、マンハッタン島西岸を流れるハドソン川を使って、上流のオーバニー(Albany)に蒸気船を走らせたのはロバート・フルトン(Robert Fulton1765-1815)であった(1805

1825年、にはオーバニーとエリー湖畔のバッファロー間、582キロのエリー運河が完成した。(これは当時の最長の運河の13倍の距離で、それまで20日の輸送が5日に短縮されたと云われている)

その頃では、蒸気機関はすでに発明されていたが、陸路を走る鉄道は線路上の貨車を馬が引く鉄道であった。従ってイギリスに於いて、その頃実用段階にあった蒸気機関車に最も関心を寄せたのは運河会社であった。(Delaware & Hudson Canal Co.,

京都の姉妹都市のボストンにビーコン・ヒル(Beacon Hill)と呼ばれている丘がある。鉄道が世に出る以前には木製のレールが使われていた。ビーコン・ヒルでは、その昔、丘の頂上にかまどがあって、煉瓦や陶磁器が焼かれていた。原料や製品を馬車で運ぶに際して、木製のレールが使われたと云われている。

筆者は偶然であったが、その輸送手段として”incline”の名称の線路が使われていたと云う事実を知った。(写真)

恥ずかしながら、筆者は今まで“インクライン”(incline)が正式な線路に使われる術語とは思っていなかった。

急な斜面に敷かれた鉄道のことを英米ではしばしばinclineと呼ばれるとの

ことである。

インクラインは特に鉱山に多く使用されていた。山上の採鉱現場から、斜面に沿って麓まで軌道が敷設される。頂上にはロープを巻いたドラムがあり、ロープの一端を鉱石を積んで下降する車両に、そして他のロープの端を丘を登る空車に連結する。それで下りの貨車は自重でインクラインを下りると同時に空の貨車を山上に引き上げる。即ち重力を動力としたケーブル鉄道こそ「インクライン」の仕掛けだと判った次第。

1890年(明治23年)に京都で完成を見た琵琶湖疏水工事(運河)とあわせてインクライン(incline)がお目見えした。それと同時に、我が国最初の水力発所が完成。この出来事は現在から見ても正に世界的な特筆すべき我が国の世界に誇れる土木事業であったことと思っている。

インクライン設備の残っているBeacon Hillはボストン郊外の美しい町で18世紀では裕福な市民の住むファッショナブルな町として有名である。特に”State House”は歴史的建造物として有名である。

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