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珍種「ブータンのあげは蝶」

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黒色の羽に白の紋が入って、それぞれの羽の下部に赤い、丸い斑点があり、羽の先に三つの尾の様な羽突起がある、「ヒマラヤの貴婦人」の名で知られる世界で最も珍しい蝶の標本が先日、日本に国賓として訪れたブータン国王夫妻から国にお土産としてもたらされた。(写真)

つい先日、NHKの総合ニュースで、日本蝶類学会の専門チームが、この幻の蝶の生体を突き止めるために、ブータンを訪れて悪戦苦闘の末、この蝶と、蝶の卵を持ちかえった時のドキュメンタリーを見せてもらったばっかりだったので、国王夫妻がもたらしたものが如何に貴重なものかを知っていた。

「アゲハ蝶の白地図」(五十嵐 邁著、世界文化社)によると、この蝶が、イギリス人、リダデール博士(Lidderdale)が、1868年(明治元年)に現地で発見したことを述べている。(学名:Bhutanitis Liddeerdale

1890年、インドのダージリンから三つのグループからなる派遣隊が送られた。

第一グループは現地人に全装備の略奪にあい挫折、第二グループは熱病に罹って一人が死亡、第三グループは、虎に襲われて、結局この全ミッションは敗退したと云われる。

標高2000から2600メートルの高地に群れているこの蝶の捕獲は至難と思われていたところ、偶然に現地の警官が捕まえることに成功して、イギリスに持ち帰られたと云われている。

1891年のイギリス動物学会誌に紹介されて以来120年の間、この蝶の生態は未知のままであったところ、この度、日本の学術隊が最新技術を駆使して克明に記録、公表できたことは朗報である。

1864年から65年にイギリスは、ブータンと一戦を交えている。

結局この国は、インド内に領有していた土地や外交権をイギリスに譲渡の形で失い、以後ブータンは世界地図上から消されてしまった。

その後、何時頃から世界地図上に復活したかは知る所でない。

パックス・ブリタニカの時代の出来事で、英国はこの国に好意的な一瞥も与えることをしなかった理由として、ブータン人が口数が少なく、外地人に無愛想だったからだと云われている。(アゲハ蝶の白地図、196ページ参照)

この蝶は、標高1000メートルから2000メートルの高地にしか生息していない為に今まで捕獲できなかったと云うより、ブータンが永い間、「鎖国」に近い状態にあったことによるのではと筆者は考える。

インドと中国と云う大国に挟まれるようにある小国、ブータンとしては、なるべく外界との関係を絶って、自らの発展を望まなかったからではないだろうか?

この度のブータン国王夫妻の訪日によって、日本がブータンの平和的な自立維持と、近代独立国家としてのポジション確立に何らかの貢献が出来ることを希望するものである。

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