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日本の外交を問う

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本日(平成231117日)の主要各紙は一斉にアメリカ海兵隊が今後、オーストラリアに駐留することで両国が意見の一致をみたことを報じている。

その目的は「海洋覇権」で中国の脅威に対抗するためとの理由だが、これは正に、アメリカの考え方が100年前に戻ったと思っても間違いがないと筆者は直感した。

黄禍論の起源がオーストラリアであったことを我々は忘れるべきでない。

19世紀末、ドイツのウイルヘルム2世が、このことに声を挙げて、アメリカ世論」も次第に排日に傾斜していった。

日露戦争終結直後の1906年、アメリカ大統領テェオドール・ルーズヴェルトは、日本に今後、移民を送らないことを要請、それに基づいて、1908年11月、エルフ・ルート国務長官と高平駐米大使との間で合意がなされた、所謂「Root-takahira Agreement」の意味を思いなおす必要がある。

そもそも、何故、日露講和会談がニューハンプシャー州の軍港ポートマス(Portsmouth)で行われたか、また、何故、1907年にはアメリカの大艦隊が我が国にデモンストレーションに訪れたのか?

考えるまでもなく、これはすべて日本への牽制であって、日本攻略を目的とした「オレンジ作戦」(war Plan Orange)は、早くも1908年までに海軍提督マハンを中心にして始まっている。

これも、すべてとは言わないまでも、講和会議から帰国した小村寿太郎が弁護士であった国務長官ルートの顧客であった、鉄道王、ハリマンの満州における鉄道敷設計画を一蹴した失敗から始まったと言っても過言ではない。

それまで柔軟であったルーズヴェルトの感情が一気に「反日」にかわった。

ここにきて始めて、アメリカが日本に友好でないことに気づき、1908年、林薫外務大臣とオブライエン駐日大使との間で「日米紳士協定」-(gentlemen’s Agreement)なるものが成立した。

この当時,誰の発案かは判らないが、アメリカ社会には「ジェントルマン」なるステータスが存在しないことを知らない官僚か、政治家が言い出したものと思われる。

アメリカでは、何処を探してもイギリスのように「紳士」は存在しない!

その名称が如何にも“奇抜”で滑稽で、面白いと思ったのか、アメリカ政府はその後、その名称を敢えて訂正しないで放置させている。

(この一例を見ても、日本は昔から世界の事情に疎いことが判る。)

アメリカが今後、オーストラリア、グアム、ミッドウエイ、或いは、フィリッピンの線で防衛線設置を思考し始めたとすれば日本政府はどのように考えるべきなのか?

又は、本当に日本は、アメリカの後ろ盾なしに、中国、ロシア等と武力的に対峙するつもりなのか、改めて真剣に考えるべき時は迫っていると思う。

どんな事があっても沖縄軍事基地からアメリカを排除すべきではないし、民主党政権は、「東日本震災事後処理」にかまけていないで、政府督励で沖縄県を説得して、日米安保を強化することを最優先すべきだと思う。

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