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ディキシーランドの由来

Dixie_note_5 ディキシーとかディキシーランドと云えば誰も、それがルイジアナかニューオルリンズのことを漠然と考えるが、”ディキシー“の正確の名の由来は、ルイジアナ州で、1860年に発行された10ドル紙幣からきていることはあまり知られていない。(図:参照)

“DIX”とはフランス語では、“TEN”を意味する。この10ドルの私製紙幣、裏面の中央にDIXと印刷された文字が見える。(写真

Dizielandの名前の由来は、この紙幣から由来すると云う説が有力だが、又、それが、南北の境界線を指す“Mason and Dixon Line”(メリランドとペンシルヴァニアの間)から由来すると云う説も無視できない。

(Charles Mason & Jeremiah Dixon,1763 to 1767)

どちらにしても、Dixieと云えばルイジアナ州を中心としたアメリカの南部地方のニックネームであることには違いがない。

(因みに、この「DIX」紙幣は、モーガン・チェース銀行の前身、Citizen Bank of Louisianaから1860年に発行された。驚くべきことに、現在では、真札であれば、9000ドルの価値があると云われる、

この紙幣が通用する場所(Land)を指してDixielandと云うらしい)

カナダの東北部、ノバスコーシャ(Nova Scotia)-ニューブランズイック(New Brunswick),プリンス・エドワード島(Prince Edward Island)、ケベック(Quebeck)、メーン州(state of Maine,USA),近辺に住んでいた人達のことをアーケディアン(Acadian)と呼んでいた。

彼等のオリジンはカソリック教のフランス人であったが、18世紀中頃に始まった、「フレンチ・インディアン戦争」でフランスが破れ、カナダとアパラチア山脈からミシシッピーの領土を失うこととなり、多くのフランス人は一時、強制的にフランスに送還されたが、その中には、川を下ってルイジアナ(当時スペイン領)近くにたどり着いて住みだした者も多くいた。

それらの人達を後にケイジャン(Cajun)と云い、原住民との混血のラテン系の人種風俗をクレオール(Creole)とよぶようになった。

彼等は一般に楽天的で、この地に音楽、料理、言語などをもたらした。

ハンク・ウイリアムスとカーペンタースが謳った“ジャンバラヤ”はケジャン料理(Jambalaya)のことで、これにはいろいろのレシピーがあるようである。

アメリカ文化の中で、イギリスのピューリタニズムの浸透した、ニューイングランド地方と対照的で、南部ではカソリック教の勢力圏だが、ラテン系の楽天的な空気のみなぎった、汗臭い文化を感じる。

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