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自動車の自動スターターの発明者

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車の自動スターターの発明者はチャールス・ケタリング(Charles Kettering1876-1958)である。

(セルフ・スターティング・イグニッションとは、電気でクランンクシャフトを動かし、エンジンを始動する画期的な発明とされている。)

このスターターをGMが実際に当時の最高級車であったキャディラックに採用したのは、1911年、2月17日であった。

この発明によって運転手が手動でクランkを回す必要から解放されたのであった。ケタリングはこれでパテント(#1150525)を取得した。

現在ではキーを入れるだけで始動する車ばかりで、「自動スターターのボタン」を知らないドライバーが殆どだが、「イグニション・コイル」が無かった時代では車を始動すること自体が大変な仕事であった。

昔の映画で、飛行機のパイロットが飛び立つとき、前方に回ってプロペラを手を使って回すシーンを覚えている人は多いと思う。これも現在ではキー一つでプロペラを回転させることが可能になったのは、ケタリングの発明のお陰と云うことになる。

ケタリングは米国オハイオ州ラウドンビル生まれの、発明家であり社会哲学家であった。

生まれつき弱視であったが、オハイオ州立大学で電気工学を専攻し、間もなく近隣の工業都市、デイトンに出て自動車工学の研究に没頭、1909年にDELCO(DaytonEnengineering Laboratorie Company)を創設、1914年にはエンジニアーズ・クラブ・オブ・デイトンを結成、第一次大戦に参戦している。

デルコは1920年ゼネラル・モーターズ(GM)に合併されたが、その時、ケタリングは自分の特許をGMに売却する代償として、GMの株式を取得、同社の役員になったと云われている。

その後、彼はゼネラルモーターズ・リサーチ・コーポレーション(GRC)の副社長として迎えられ、その後実質的にGMの研究所の引率者となった。

ケタリングはエディソン程有名ではないが、一生の間で300以上の特許を得ている。

以下、簡単にケタリングの功績についてwikipediaから拾ってみることとする。

“20世紀初頭、オハイオ州西部の都市デイトンは米国の工業都市の中でもリーダーとなっていた。自動車関連の研究のため、エドワード・A・ディーズとともに、1909年、デルコを創設を創設。その後、この二人は事業においても、専門家としても、又、個人としても生涯の友となった。

ケタリングはアメリカに於いて300以上の特許を取得している。NCR時代にはモーターを動力としてレジスターを電動化(1906)

バッテリーを利用したイグニッションシステム(点火装置)として「高圧点火システム(1910)、自動車での電気式のセルフスターター(セルフモーター)(1911)、電気式ヘッドライトの発明がある。

ケタリングの発明をディードがキャディラックに売り込んだ。それは、クランク逆回転による怪我が元で有人を無くしたキャディラックのヘンリー・リーランドからの要請にこたえた結果であるとされている。

その他では、携帯用ライト、第一次対戦で使用された「エアリアル・トピドー」(空中魚雷)、別名、ケタリング・バグ(ketterling Bug)、性病の治療法、未熟児保育機、エンジン使用の発電機(デルコと命名)

デュポン社から発売された自動車塗装用塗料{Duco}等々。

ケタリング発明になる有鉛ガソリンはアンティノック剤エトラエチル添加の高オクタン価(ハイオク)有鉛ガソリン(1921)は人類に有害と云う判定を受け(現に多くの犠牲者を生んでいる)1960年代に環境問題となり、1974年に訴訟問題となった。

もうひとつ、ケタリングの発明した物質で世間の批判の対象となったものは、フレオン・ガスである。(米国特許1928.12.31)は広く冷媒剤として使用され、家庭用冷蔵庫にも見られる。今では使用禁止となった。

その他、ケタリング大学、ケタリング・癌。センターがある。1955年デイトン郊外にケタリング市が誕生、その最高級住宅地でアメリカで最初のエアコン付き住宅が生まれた。

名言:“999回失敗しても、1回うまくいけばいい。それが発明家だ”

   “過去に興味は無い、未来に興味がある。何故なら、そこで残りの人生を過ごすことになるから 

    だ”

   “自由に開かれた心があれば、必ず地平線は開ける”

   “発明家は学校で教わったことなど、あまり重視しない”

外部リンク:Kettering Foundation (http://www.Kettering.org/index.html)

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