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無様な民主党

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2009年に民主党が自公政権を破って勝利した。政権ついた初仕事として、「セメントから人へ」のスローガンのもと、前原誠二国交省が威勢よく、八ッ場ダム工事続行中止を宣言して物議をかもした。

これは新民主政権の初仕事として注目を浴びたが、今から思えば単なる“スタンド・プレイ”でしかなかった事が2年後に判明した。

群馬県長野原町の八ッ場ダムは昭和27年(1952年)に調査が開始され、既にこれまでに総事業費約4600億円の内、7割以上が投入済みであった。

このダム着工の是非はともかくとして、それを中止すれば、その時点で3200億円を捨てることを、民主党国交省は閣議を経ずに決めたことになる。

このダムの工事を続ければ今後さらに無駄な国費が消費されて国家に損害を及ぼすと考えてダム建設の中止を発表したとしか考えられない。

それまで、半世紀以上8ッ場ダム流域の6都県や自治体と、周辺の住民達は、治水や取り水源として、永い間、こぞって工事の続行を求めてきた心情と努力を、何の基礎知識も、それまでの歴史にも疎い、若者の大臣の一声ですべての関係者の苦心が水泡に帰した悔しさは、関係者の立場になって考慮すれば痛いようにわかる気がする。

ダムの予定地とされた地域の住民、自治体の関係者は、半世紀以上も町を二分した激しい論議を戦わし、中には志半ばで無念にもこの世を去って行った住民も少なくなかったであろうと思われる。

やっと、工事受け入れでまとまった直後の方針転換に、地元の人々が激怒した。

水没予定地域から転居して、仕方なく、ダムの近くで、何とか生きる為の生活設計に知恵を絞り、金策に走り回って何十年、その矢先のダム施行中止を言い渡された周辺の国民は黙っているわけには行かない。

それから1年2ヶ月後、昨年11月前原氏の後釜に座った、馬渕澄夫氏が事実上のダム中止撤回宣言をした。

ところが、それから更に1年1カ月、工事は未だに店晒しのまま放置され、政府からの約束や説明は一切ないままである。(数度の討論も決裂のまま)

この間、住民はどのように生活を続けてきたかは政治家の知るところではないらしい。

民主党政調会長の立場から、前原氏は「党サイド」の見解として、工事再開をすることは明らかに、選挙公約違反にあたることから「中止継続」を宣言したが、前田武志国交省が再び、政府決定として「工事再開」を公式発表した。此の間、僅かに3~4日の実に“どんでんがえし”の出来ごと。

無駄な公共事業の見直しを唱えた時点で、過去の経費、3200億円をドブに捨てていることは不問のままでよいのだろうか。

高速道路建設にしても、既に工事が半ば完成間近な個所も中途で止めにしたところも少なくない。これで、、工事関係者にどれだけの損害を及ぼすかを考慮していたのだろうか?

一昨日(20日)、前原氏は再び、八ッ場ダム工事にGOサインを示したが、国民は、この時点で、ハッキリと民主党内部抗争の実態が如何に深刻な事態に至っているかを察知出来たと思う。

(産経12月24日)

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