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橋元徹新大阪市長について

東京生まれの若者が大阪の市長となった。

その人こそ、この度、大阪府知事から市長に変身を遂げ、地域政党「大阪維新の会」を結成して、西成区長をも兼務、市長の「直轄区」とすることを考慮中と云う橋元徹氏である。

この人、2008年、今から、たった4年前まで、世間では、ほとんど話題にも上らなかった弱冠38歳(当時)の弁護士のこと。

それが、政権政党の民主党の首相より有名になって、今後“国を動かす”人物になるのではと真剣に噂される人物となったことは、終戦後65年以上経過して、世界中で「何も起こらない国」の代名詞的国家、日本におこりつつある現実である。

昨年3月、起こり得ないと思われていたM9クラスの大地震、大津波が東北地方に発生して、日本中はその話題で持ち切りであったが、今回は西部の大阪に“想定外”の一大政治旋風が巻き起こりつつある。

丁度200年前の“1812年”は欧米人にとって忘れられない、世界を揺るがす「2大事件」が発生した。

一つはナポレオン一世のロシア遠征での大敗北であり、もう一つの事件は英米間の”War of 1812”(1812年戦争)の勃発であった。

100年前の1912年は第一次世界大戦の火種となったヴァルカン半島での前哨戦が始まり、その後、5年も経たないうちにロシア革命に繋がって行く結果となった。

それでは、2012年はどんな年になるのだろうか?

2012年は、誰が考えても「良い年」となるような材料は見当たらない。

ロンドンオリンピックが安全に成功裏に終わることを願うばかりである。

その中にあって「大阪維新の会」が日本の今後の政局に如何なるインパクトを及ぼすかに関しては筆者は興味をもっている。

橋元氏は大阪市長選挙中から「政治は数」と言い切っている。そこまでは小沢一郎他、日本の他の代議士と何ら違うところがないが、違うところは持論「大阪都」構想を実現させるための第一歩として、任期中にかかわらず、大阪市長戦にあわせて知事職を投げ捨てて市長選挙に出馬、大差で現市長の平松氏を破って勝利した。

その橋元氏がこの度、「維新政治塾」塾生を募集、応募者を将来の“国政候補”とする意思を表明した。

現政権の態勢から、衆院解散、総選挙の近い可能性を踏まえて、国政への進出に向けた動きを加速させるのではと衆目を集めている。

維新幹部によると、政治塾には千人を超える応募者が集まる見通しで、衆院選挙となれば全国規模での大量擁立も可能な状況を各紙が報じている。(1/22)

40人規模の募集を予定、応募締切りは2月10日とかなり具体的な方針まで明らかになってきている。

300人程度を衆院選の擁立候補とし、全国の小選挙区と比例代表で200議席を目指すらしい。

政治評論家の堺屋太一氏、前経産省官僚の古賀茂明氏を特別顧問に迎えて将来の独立政党としての地固めに余念が無い。

既に「みんなの党」は「維新」と協力して地方自治法改正案を作成、自民、公明も独自の改正案策定を検案中。

橋元氏も講演会の政治資金パーティーで「都構想は最終的なゴールではない。日本の国を一からリセットして、改造できるメンバーをしっかりと集める」と意気軒高ぶりを披歴している。

まるで都構想は一旦棚上げにしてでも国政に打って出る意欲に漲っているかに見て取れる。

筆者の見るところ橋元氏は決して日本人好みの政治家ではないが、ラグビー選手らしくエネルギッシュで、すべてオープンなフェアーな性格の持ち主で頼もしさを感じさせる。唯、彼の「独裁者切望論」には危険を覚える。

今の日本の政治家のカンフル剤になれば悪くないと思っている。

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