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「バルフォアー宣言」はただの私信

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筆者が以前に「バルフォアー宣言」についてコメントを発表した。

筆者の目的はバルフォアー宣言が1948年のイスラエル建国の主因であるとは決して思っていないことを付言するため、以下のように訂正を試みたい。

その時の筆者のコメントの趣旨は、第一次世界大戦当時のイギリス外相、バルフォアー,(Arthur James Balfour)が、1917年、11月2日、イギリス在住のシオニストの代表、ロスチャイルド卿宛に私信の形式で「将来のイスラエル建国」構想に関する感想を述べたと言い、以下のことを筆者の感想として付け加えた。

即ち、イギリス政府はユダヤの人達がパレスティナに”a national home”を建設することに好意的立場にある。(The government view with favour the establishment in Palestine of a national home for the Jewish people)、ただし、その条件として、以下の条件が満たされなければならない、

“use their best endeavours to facilitate the achievement of this object ,it being clearly understood that nothing shall be done which may trejudice the civil and religious rights of existing non-Jewish communities in Palestine…”

イスラエル人がパレスティナに移住を果した場合の条件として、既住民の生活を尊重して、彼等の宗教活動や生活を脅かさない事を条件ずけている。

バルフォアーは皇帝陛下の政府を代表して(I have much pleasure in conveying to you, on behalf of His Majesty’s Government)としているが、この文章は、一見して公式の文書(宣言)のように考えられがちであるが、あくまでもバルフォアーの私信であることがわかる。

アメリカの参戦以前には財政的にイギリスはロスチャイルド家からの金銭的サポートを受け、一種の返礼として「慰め」の私信を出したのではと筆者は考える。

第二次大戦後の中東情勢は、イスラエルのパレスティナ復帰後、これ以上看過できないような事態になっている。

バルフォアーがユダヤのパレスティナ復帰の条件として、「既存の平和を乱さないように忠告」したに関わらず、非常に危惧される情勢にあることを残念に思っている。

筆者は1945年の英米ソの首脳会談(ヤルタ会談)こそが、イスラエル建国(1948)、中東問題を引き起こした主因であると信じて疑わない。

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