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時を要する「領土問題」の解決

Photo (ジブラルタル海峡)

ジブラルタル(Gibraltar)はスペインのイベリア半島南端にあって、ジブラルタル海峡をはさんでモロッコに対する小半島の先端にあるイギリスの自治殖民地。

ここは軍事上戦略的に重要な位置を占める為“地中海の鍵”の異名をとり戦後半世紀以上を過ぎてもイギリスは未だ、固有領土を主張し続けているスペインに返還を果していない。

ジブラルタルと同じようにイギリスの戦略的拠点であった、シンガポール島とスエズ運河については、イギリスは自主的に保有権を放棄している。

唯一つの例外として、アルゼンチンの東岸沖のフォークランド諸島(Falkland

Islands)に関しては、これの帰属をめぐってアルゼンチンと戦争となり(1982年)、イギリスは自国領土に再び組み入れた。(イギリスの武力弾圧)

ジブラルタルは1704年8月4日、スペイン継承戦争時。王位継承者のカール大公を支持する、イギリス・オランダ連合艦隊に占領された。その後、1713年のユトレヒト条約でスペインはイギリスに対しジブラルタルの町、城塞、港の軍事的使用を認めた。スペインはその後、1783年にジブラルタル奪回戦争を企てたが失敗している。

そのように、ジブラルタルの帰属には、複雑な永い歴史が存在するにも関わらず、イギリスは1981年、チャールス皇太子とダイアナ妃のハニムーン候補地にジブラルタルを選んだため、スペイン国王、ファン・カルロス一世が結婚式に出席を断ったいきさつもあった。

1954年、エリザベス二世のジブラルタル訪問時にはジブラルタル地名入りの記念切手も発行している。

少し蛇足に流れるが、ビートルスのジョン・レノンとオノ・ヨーコは、1969年3月20日にこの地で結婚式を挙行して、ジブラルタル郵政局はこれを主題に1999年、記念切手まで発行して歳入の一助としたことが知られている。

ジブラルタル問題は日本が問題視している千島列島と同じカテゴリーに入る国際的紛争である。

筆者の考えでは、1945年2月、英米ソ首脳によって開かれた「ヤルタ会談」の場でアメリカ大統領(フランクリン・ルーズヴェルト)が大戦をなるべくすみやかに集結させる条件として、同年8月頃(ドイツ降伏後)ソ連が日本との不可侵条約を破棄して、対日戦を開始することで、結果として、当時では日本領であった、南樺太と千島列島(国際法上、全域)の占領を黙認する取り交わし(口頭?)たと思っている。

その証拠に、戦後65年間、日露の間でこれほどまで縺れて解決を見ていない難交渉に、一度たりともアメリカは発言を試みたことがない。

冷戦時代を通して、アメリカと日本の関係は、どの問題にも優先すると発言しながら、アメリカが、こと「北方領土」になれば何故積極的な干渉を試みないのだろう?

ジブラルタルの問題でイギリスとスペインは過去300年間、その帰属問題でもめているが、それが何故解決しないのかを考えると、それは2国の力関係に根ざしていること以外には考えられない。

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